マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
「うつ病、神経症・・・一即多、多即一のススメ」


ストレスに関する心理効果


こんな光景目にした事ありませんか?

チビッコを観察してますと
よく言い訳で「○○ちゃん達もやってるもん!」
といいますよね。

ちょっと例えが悪かったですけど(笑)
これは自分一人に問題が集中すると、
ストレスに耐えられないので
全体、複数にして「ぼかす」ということ。
それによりストレスを軽くしてます。


もう一つ挙げますと

1、「この地域の人達全体が嫌いだ!」と言われるのと
2、「この地域の、あなたが嫌いだ!」と言われるのは

どっちが強烈にストレスを感じますか?

たぶん後者だと思います。


うつ病の方は、
全て自分一人の責任だ!
私の能力の無さが悪い!
みたいな「認知の歪み」が特徴的です。

もう自分を痛めつけるのは止めて

少しだけ全体的にいくとよいかもしれませんね。


一即多、多即一


それは
「自分は宇宙を構成する
細胞の一つ」
的発想です。

一即多、多即一
全体(宇宙)の中の一つです。

これはまぎれもない現実ですね。
私達は大宇宙の中の、地球という惑星の一部分です。


神や仏が科学的に、いるかいないかではなく

神や仏を大宇宙の「象徴、シンボル」として
仮にそういう名がついている。。と、
とらえるとよいかもしれません。


「大宇宙、大自然の妙なる働き=神仏」
ですと科学的だと思います。


そして生きていく上で
人としてやれるところまでやって
その結果、吉と出ても凶と出ても
「恨みっこなし」

大宇宙の妙なる働きの中
ありがたくちょうだいするのが
「一即多、多即一」
もしくは「南無阿弥陀仏」です。


それが本当の「他力」だと思います。


*俗語の他力本願はなんでも他人任せですが
本当の「他力」はこういった意味なんですね。


他力的発想は
ストレス軽減効果があるかもしれません。


努力してやれることやって
結果ダメでしたら
大宇宙、大自然に身をゆだねます
南無阿弥陀仏(合掌)

そこに
「ああすればよかった、こうすればよかった・・」
など思考の編集をかけず、
結果に対する歪んだ執着は捨て

「あるがままの結果」をちょうだいいたします。


うつ病、神経症思考の猛威を緩やかにする妙法です。


一生懸命やっても結果は実らない事
浮世にはよくあることです。

うつ病、神経症の方は、
それに対し強烈にネガティブになり執着します。
そしていつもの症状が発症します。


どんな結果が出ても
南無阿弥陀仏

全て心の肥料になります。


むしろ一生懸命やった「行為」をほめてあげてね。
自分をほめるクセをつけましょう。




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【2011/02/12 09:44】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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なるほど~
なべ酒造
こんにちは。

この説明、分かりやすいです。
さすがでございます。

まさしく、自分の心の中を見られているようですね。。。

特に『うつ病の方は、全て自分一人の責任だ!
私の能力の無さが悪い!みたいな「認知の歪み」が特徴的』


参考になりました。

Re: なべ酒造さんへ
ショウセイ
コメントありがとうございます。

私自身も鬱病の時そうでしたが、自己批判が暴走しますよね。
ほどよい自己批判は良いと思いますが、なんでもモノは加減なんです。

たまには前に進んでいる自分をほめてあげましょうねi-179

モノのとらえ方を変えると楽になりますi-260

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先日、当プログラムを受講中のクライエントさんから
非常によい質問が出ましたので、
本人様の了解を得て質問を掲載いたします。



Q、
他人への「とらわれ」はよく分かるのですが、
自分への「とらわれ」とは何なのでしょうか?


A、
この質問はとてもシンプルなんですが、
禅や森田療法の核心を突いています。
非常に良い質問です。

この受講生の方は非常に熱心な方で、
まだ始めて一カ月半なのですが
素晴らしい習得の速さで感心するほどです。

この質問は真剣にやってる方のみ出る質問かと思います。


自分への「とらわれ」とは
「我(が)」への「とらわれ」です。

「我(が)」への執着です。


自分自身に「とらわれ」てますと
他人にも「とらわれ」てきます。

そういった方は
外部ストレスに対し非常に脆弱です。
鬱になりやすい。

心理療法で自分自身を受容できますと、
他人も徐々に受容出来てきます。


自分自身へのとらわれは、
心理療法で身体で理解し緩和するものです。


簡単にいいますと、
自分自身の汚い「我(が)」を守るために
とった言動と行為は「とらわれ」です。

そしてそういった行為、言動は
大抵の場合トラブルを生みます。


一例を挙げますと
「他人のためにやった」と言っても
よく心を観察していますと、
案外自分の汚いプライドを守るための
利己的な行為だったり・・・


少し話はそれますが
神経症やパーソナリティ障害の方に多いのは、
自分の汚い小さなプライドが
傷つかないようにするのは非常に神経質ですが

他人の心に関しては全く無関心なんですね。
歪んだ自己愛なんですね。
ですので対人トラブルが絶えないんです。

神経質なエネルギーが
自分に自分に・・・向いているんですね。



汚い「我(が)」を守る・・・
生きていく中で、普通の人でも少なからず
こういったことがよくあるものです。

聖者じゃないので
誰しもこういったことあります。


大切なポイントは、
そういったものがあってもいいのですけど
それに「客観的に気付いているか、いないか」です。

分かっちゃいるけど、
そういうことやってしまうのが人間なんです。
でも客観的に気付いていれば大丈夫です。


「無我」まで行かなくてもよいですので
客観的に気付いているだけでOKです。

うつ病、神経症は良くなっていきます。

心の悪いパターン(煩悩)の手綱を
しっかり握っていれば問題なし。



これは心理療法(禅)を練習し、
自身で自分の心を洞察することです。

この事を「心随観(しんずいかん)」といいます。
これは練習しないと洞察(般若)は育ちません。

これを育てる事が当カウンセリングのお題目
「自分で自分をカウンセリング出来るようになる」=「自律」です。


逆にこれが育ちませんと、
これからの人生のいたるところで「我(が)」に苦しみます。


そして寛解期に入ったとしても
鬱病は何度でも再発する可能性が高いです。
悪循環です。



当カウンセリングは


感覚を感じる心理ワークにより

五感が研ぎ澄まされます。

すると面白いように
自分の心が洞察できます。

自分の心に何が引っかかっているか。
どういった時に、どういった反応パターンで
いつもになるか。
すべて浮き彫りになります。

その悪いパターンにこれから、
どう上手に付き合うか。
日々お稽古でやってる方法を使って
上手に対処できるようになります。



最後に。

自分への「とらわれ」は自尊心の低さ。
自尊心の低さは、傷つきやすさ(ストレスへの脆弱性)


また、
自分への「とらわれ」の強さは「我(が)」の強さ。

「我(が)」の強さは苦しみに直結します。



「禅」は
うつ病、神経症に最も効果が期待できます。

心理学的な特殊「禅」ですので
一般の方でも、一人でこっそり簡単にできます。





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【2011/03/05 09:20】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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Q、
「我(が)」が強いと何故自尊心が低くなるんでしょうか?



A、
なるほど。
こういった問答は寺で茶を飲みながらしたいものです(笑)

まず心理トレーニング(禅、瞑想)の最初のうちは、
こういった事は
あまり考えず練習に打ち込んだ方がよいかと思います。


哲学ごっこみたいになってしまうと、
心の病を治すという本題から
それてしまうかもしれませんので。


ですが、気になって
「とらわれ」になるとマズイですので、
一応回答をしておきます。


「自尊心は何故低くなるのでしょうね?」




1、「我(が)」に強く執着する。
それは、「私はもっと偉いはずだ」「私はもっと愛されるはずだ」など
頭のイメージで作り上げた「幻想の自我像」に執着する。
また、それが自分だと錯覚します。

2、幻想の自我像。
それは汚い思考(妄想)が作り上げた幻想ですので
非常に「脆弱な自我像」です。
そんなものを守るために一日中頑張ります。

3、その自我像は外部の刺激に非常に弱い

4、もろく傷つく



これが
我の(執着の)強さが自尊心の低さなんですね。

もともと無いものを
幻想で作り上げてしまいますので
出所自体が脆弱で、
出来上がる自我像も脆弱なんです。

であるが故に傷つきやすい(自尊心が低い)


例えば街中で、
少し目が合っただけで怒る方や

どんなに丁寧な言い方をしても
「上から目線でいいやがって!」
と言う方。


これが「我」が強く、
自尊心が低いモデル例ですね。
または「我」の執着が強い人。

ちょっとの事で敏感になり、
傷ついてしまう自分を守るために
攻撃的になるんです。

一日中もろい幻想の自我像を守るために
エネルギーを使うんです。
たぶん本人は非常に疲れると思います。


分かりにくいパターンは一見穏やかそうで
潜在意識の奥深く、実は「我」の執着が強い人。
この「隠れ我執」パターンのお話は過去記事をご覧ください。
(精神分析の視点です)

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-141.html



ちなみに余談ですが
「多重人格(解離性同一性障害)」もこんなようなカラクリです。
もちろん多重人格はもっと病的なものですが。
それは強烈でリアルな、もう一人の人格を作ってしまうんです。



話はそれましたが
禅はそれを順々に滅していきます。

『逆に考えてみましょう。
こんどは4~1に戻っていきます。消していきます』



最終的に自分が一生懸命しがみついていた(とらわれていた)
「我」自体も幻想だという事に気付きます。

それが「無我」です。

ここまで行きますと
「我」の強さや自尊心の低さすら幻想だと悟ります。



諸行無常

諸法無我(←今日はここのお話です)

涅槃寂静




この悟りに至る
三つの方程式を禅では「三法印」といいます。

別に一般の方は、悟りとか難しく考えず
「心の病から回復」と考えればよいです。



たぶんこのお話は難しいと思いますので、
今は心理トレーニング(瞑想)に専念していた方が良いと思います。

これは頭で思考で分かるものではありません。
瞑想(心理療法)をしっかりやって分かるものです。



逆に「我」が小さく、自尊心がしっかりした人は
ちょっとやそっとの事では傷つきません。
鬱や神経症に強いんです。



日本を代表する哲学者の「西田幾多郎」はこの事を
「逆対応」と言いました。

強すぎる「我」を小さくしていくと
かえって大きな力に満たされると。。



一般の方は
ここまで行かなくてよいですけどモデル例です。
宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」



「雨ニモマケズ」


雨にも負けず  風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ 
丈夫なからだをもち

慾はなく決して怒らず 
いつも静かに笑っている


一日に玄米四合と 
味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを 
自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり 
そして忘れず


野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり

西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し 
寒さの夏はおろおろ歩き


みんなにでくのぼーと呼ばれ 
褒められもせず苦にもされず

そういうものに
わたしはなりたい



*みんなに、でくのぼーと呼ばれても
「我」が小さく、自尊心がしっかりしていますので
傷つかないんですね。



今日のお話簡単にまとめますと、

「我(が)」の強さ、執着は
自分への「とらわれ」です。

自分への「とらわれ」は、
他人への「とらわれ」に繋がります。
この辺をおさえておけば大丈夫です。





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【2011/03/07 07:47】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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Re: 鍵コメントさんへ
ショウセイ
了解いたしました。

後ほどメールいたします。

今からカウンセリングが入っておりますので、
お返事遅くなるかもしれませんがご了承ください。



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朝の空


過去の事

未来の事

考えれば考えるほど死にたくなる


禅は心理療法

「今」を生きる技


移り変わっていく今を

いっそ楽しもう


「感情の嵐はただ通り過ぎるだけ・・・」




うつ病、神経症

独特の生き辛さ

元患者である私はよく分かります


心理療法は
生きるのが楽になります





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【2011/04/27 02:19】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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Re: 鍵コメントさんへ
ショウセイ
了解いたしました。

後ほど連絡いたします。

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「10年の座禅生活で気付いた事」

~心の病全般に言える事~



過去の執着、
妄想の世界・・・それは甘美で心地よい世界

しかし、それは麻薬と同じで知らず知らずの内に
徐々に心をむしばんでいきます。

長居は無用です。


(*おもいで・・・なら良いのですが
執着になりますと「妄想」です)


心の病とは妄想に浸りきった「なれのはて」



ありえない渇望

得られない空虚感

嫌悪系の心的エネルギーに発展

嫌悪が増幅しますと

タナトス(自己破壊)の力が発動します。




心はこういった方程式を歩みます。





「空(くう)」の世界に遊びましょう。


それは変滅するがままの世界を
変滅するがまま観る事。

案外こちらの方が楽しいですよ。


そしてさらに深まりますと
妄想すらも空(くう)の中にある事に気付きます。

妄想も変滅し
消えていくものだという事に気付きます。


これを般若心経では

「照見五蘊皆空、度一切苦厄」
(物事を深く観ますと、身体も精神も全て空の中にある。
そう達観すると全ての苦悩から解放されます)



妄想の世界は「虚無と精神の荒廃」を連れてくる。

空の世界は「生きる力」を連れてきます。



どちらが生きるのが楽になるか
実験をオススメいたします。



煩悩(ぼんのう)さんは、
また妄想の世界にあなたを連れ戻そうとします。

それと手を切るかどうかは「本人次第」


それは周りが介入できない。
カウンセラーでも僧侶でも無理。

本人の問題です。


ただし本人が、本心からやる気と決断を下せば
私はあなたを助けに参ります。



しかし、まだその時ではないと本人が判断しましたら、
またしばらく向精神薬と、話を聴くだけのカウンセリングで
様子をみるのも良いかと思います。


当、禅カウンセリングは特殊カウンセリング
他で良くならなかった方の「最後の砦」です。



山中紹聖のカウンセリング・心理療法
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-3.html




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【2011/05/08 16:02】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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「座禅の心理学的見解」



坐禅をしていて
極度に集中が深まる前、


「自分」と感覚を感じている
「対象」が一体になる道程で



「魔(マーラ)」が誘惑を始めます。
魔(マーラ)とは、おとぎ話の悪魔ではなく

単なる「妄想」の事。


お釈迦様は、その時
魔を降した・・・という有名なお話がありますが

「雑念、妄想」を「魔(マーラ)」と例えているだけなんですね。


仏教学はオカルトは一切排除しています。
非常に科学的、現実的な学問なんですね。



心理学的に言いますと

潜在意識の奥深く眠っていました
ネガティブなものが座禅により浮上

意識の世界に出て来る時、
妄想という形で現れます。

意識、無意識2意識、無意識3


「降魔」とは
その「妄想」を手放した瞬間です。


その作業を淡々と繰り返しますと
妄想は変滅し・・・やがて消えていきます。。


ちなみに心理学の巨人
フロイトの精神分析は、これと似たような理論です。


禅(瞑想)は
「一人で出来る精神分析」なんです。




また脳科学の見解で言いますと。


座禅中の妄想・・・それはクセだった

古い悪い思考パターン
(脳神経の悪いシナプス結合パターン)に戻ろうとします。


それに執着せず
新しいシナプス結合パターン、
良い思考パターンに淡々と移行
していきます。


その淡々と
良いシナプス結合を作っていくのが座禅
なんです。




座禅は心理学です。

座禅は科学です。


そして禅(瞑想)は
最強の心理療法です



(欧米の精神医学ではすでに禅、瞑想を
心理療法として取り入れてます。
マインドフルネス認知療法といいます)




【2011/05/09 07:27】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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煩わしきこの世を
ひょうひょうと生きるコツ




「一日30分の禅」

*(禅、瞑想=マインドフルネス認知療法)


一日の中で「30分以上の聖域」を作りましょう。

この世がどんなに煩わしくとも
「30分だけは」完璧に心が守られます。


何かあった時の
心の避難場所を作っておくと良いです。

その安心感が回復に導きます。

これが一つ目。



もう一つのねらいは・・・

今までの認知システム(モノのとらえかた)で
心が病になったのですから

一度、今の価値観を捨て
30分だけ「禅、瞑想」をします。



そしてまた
それぞれの社会に戻っていきましょう。


すると禅(心理療法)の視点から
今の現状、自身の心の病のパターンが良く見えます。


長年うつ病を患った方も
一度違った視点、角度から自身の鬱病を見てみると
案外答えは簡単だったりします。


心理学では「リフレーミング」といいます。

一度物事を違った視点、
枠組みから観るということです。




禅(瞑想)は宗教じゃないのか??

と思うでしょうが・・・違います。
宗教ではありません。

その証拠に
「禅」は神も仏も信じません。
ニーチェのように。

また奇妙キテレツな儀式もしません。


2500年前、お釈迦さまが生きていた時代

本来の禅(瞑想)は、
心理学であり、人間学なんです。
単なる心理療法だったんですね。


それを後世の人々
勝手に宗教にしちゃった歴史があるんですね。


私は10年前から独りで禅修行する者だったのですが、
7年前よりカウンセリングに禅(瞑想)の
簡単なシステムを導入しております。


「在宅療法専門カウンセラーです」



現在、欧米の精神医学で禅(瞑想)は
「マインドフルネス認知療法(MBCT)」と呼ばれ
効果が実証され爆発的な勢いで広がっています。


当カウンセラーは
欧米と違い、仏教の源流に近いマインドフルネス
日本で広めていきます。

(近いうちマインドフルネス養成校を作るかも・・・?)




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【2011/05/31 01:31】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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「非僧非俗」(ひそうひぞく)

~僧にあらず、俗にあらず~


『涅槃を目指しながら
俗の世界を生き抜く』



*ここで言います涅槃(ニルヴァーナ)とは仏教的な意味よりも
「心の病、生き辛さの解放」と定義します。


マインドフルネス(仏教瞑想)を実践するのに
山に籠る必要はありません。

自宅で独りで出来ます。

そして
それぞれの社会生活の場で活かしてください。




主婦は主婦のまま

会社員は会社員のまま

公務員は公務員のまま

商人は商人のまま

無職は無職のまま



その身そのままで
仏教瞑想を志せば良いと思います。

仙人のような
おかしな生活しなくて良いです。


普通に恋をして
職場の同僚と飲みに行っても良いです。


「悟りは普通の生活の中にある」


神や仏は・・・信じても信じなくても
どちらでも結構です。

それは
それほど重要な問題ではありません。


今の境遇、等身大の自分
その身そのままで幸せになれます。

それが自分の「生」を「人生」を
目をそらさず受け入れること。




鬱や神経症、様々な障害・・
今、苦難の中にいる人・・・

苦しいがまま仏式瞑想をやってください。


やがて忘れたころに
「それ」(求めていたもの)はやってきます。


「求めないと」やってきます


執着して求めて求めて・・
GET出来れば問題ありません。

しかし、
そのやり方で何年もやってダメでしたら
少しやり方を変えてみましょう。


仏式瞑想は執着を手放すと
平安がやってくる伝統的な教えです。



心の病の方々が
よりよく生きる道です(合掌)



一日45分の静かな時間

非僧非俗のススメ


どんな苦難でも堂々と生きていける

そして確信に満ちている
そんな45分の聖域です。



*当カウンセラーは
マインドフルネスの指導に当たる者として

ほぼ毎日、1時間から2時間やっております。
(修行に入りますと一日、13時間くらい)


普通の方々は、そこまでやらなくて良いです。
30分~50分くらいで結構です。

ですが、本当に辛い日は
一時間位みっちりやってみてください。

試しにやってみてください。

生きづらさから解放され、
心に奇跡が起きますから



山中紹聖のカウンセリング・心理療法
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【2011/06/20 07:30】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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「無我のススメ」


我(が)の力で何でも出来る・・・
という前提で世の中を見れば
世界は苦しみだらけです。


「自分が生まれてきた事」
「障害」
「どうしようも出来ない苦難」・・・



特に障害

私自身も
身体に障害を持っているのですが

これは
なりたくてなったわけでもないし
避けようとして避けられるものでもありません。


浮世には、
どうしようも出来ない苦難が
いきなりやってくるものです。

逆に、
期待もしていないラッキーも
いきなりやってくることもあります。


我の力で
「何とか出来る事と
何ともならない事の」

仕分け作業をしましょう。


我(が)の力でどうにか出来る事は
どうにかした方が良いです。

しかし
我の力で、どうしようも出来ない事は
放っておきましょう。



諸行無常
(世の中は変滅していくという自然現象)
の流れに身をゆだねましょう。

自然の流れに身をゆだねること
それが「他力」であり「無我」です。

↓(他力について)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-275.html


他力とは
得体のしれないものに
すがろうとか
何とかしてもらおうではなく・・

どうしようも出来ない事を
自然に身をゆだねること。



特に心の病の方は
「自分が生まれてきた事に対する苦悩」
根底に引っ掛かっているケースが多いです。

自分が生まれてきた事は
太陽系の惑星が誕生したのと同じで
我の力でどうしようも出来ないことですね。


我の力でどうしようも出来ない
「生まれてきたという結果」
放っておきましょう。

それに妄想の勝手な編集をかけ
グーッと掴みますと
どんどん生きるのが辛くなります。



世の中は
原因→結果の法則で出来ています。

出てきた結果に執着せず

淡々と刈り取って
淡々と生きていく。


これが禅の全てです(合掌)



禅は
科学的な心理療法です。

ヤル気があれば
誰でも自宅で一人で出来ます。



何もかもイヤになってしまう前に・・
まぁ、ひと坐りしましょう




欧米では現在、禅(瞑想)
「マインドフルネス認知療法(MBCT)」という名で
精神医療の現場で爆発的な勢いで普及しております。

従来型の古い「認知行動療法(CBT)」と違う
第3世代の新しいタイプ
認知行動療法と呼ばれています。


当カウンセラーは7年前より
マインドフルネスをカウンセリングに導入しております。




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【2011/06/25 10:04】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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今日は「般若(パンニャー)」のお話をします。


般若(はんにゃ)は芸人さんでもありませんし(笑)
おっかない顔の般若の面でもありません


般若は「智慧(ちえ)」の事です。

智慧にも種類があります。



小話をひとつ

「カレーの味」


A、
カレーに関する学術書を読み

ふむふむ・・
カレーとは辛いものなんだな・・
何ぃ!?じゃがいもが入っているパターンもあるのか!?
香辛料はこんなのを使っているんだな・・・

これは食べていないので
カレーの味を分かった事になりません。
単なる知的ゲームです。

そしてこういった人達の説明は
いくら話術が巧みでも説得力がない。



B、
本当にカレーの味を分かるという事は
理屈じゃなく
実際自分の舌で味わって
カレーを食べる事です。

また
様々なカレーを実際食べてきた人。
自分で様々なカレーを調理してきた人。

世の中、
こちらの人の話の方が
正直で説得力があり、
リアリティーがあって面白いものです。




マインドフルネス仏式瞑想もこの例えと同じで


・Aを
スタマヤー・パンニャー(単なる知識)
チンターマヤー・パンニャー(思考の知識)


・Bを
「バーヴァナーマヤー・パンニャー」(体験レベルの智慧)といいます。



Aも大切ですが
Bの理解が本当に分かるという事。


「心の病もBが回復に導きます」
(バーヴァナーマヤー・パンニャー)


Aをやりすぎますと
勉強すれば勉強するほど
頭が悪くなるパターンです。

その枠の中だけでしか
考える事が出来なくなり
発想の融通も利かなくなります。
心の病にもなりやすい。

職場にもいませんか?
カタブツで融通の利かない人。
部下もそういった人にはついていかないな。


人情は学問より強し・・・という事です。




当カウンセリングは
Aも授業方式でやりますが

本当に大切なのはBですので
実践を中心にやっております。


学んだ事を

自分でやっていただき
自分で気付き
自分で回復していただく


という方式です。


まず
心理カウンセリング

ティーチング(学習、指導)

後はコーチングに徹するという方法です。



心の病は
外科や内科と違い


最終的には自分で治すものです。



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【2011/06/26 16:55】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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夜どうしても眠れない時

独り坐る


深い夜の静寂の中
サッと坐を組み

静かに目を閉じ
感じます


そこは
昼の喧騒を離れた聖域だ




冷蔵庫のモーターの音
聞こえないようにするのではなく
聞こえるがまま
放っておきます


一日の出来事
イヤなこと
楽しいこと

走馬灯のように浮かんでくる
しかし
放っておきます
掴まない



カラスが鳴いた
カァ・・という音波は鼓膜にぶつかり
やがて形を変え消えていきます
生起→生成→消滅
放っておきます



明日の仕事の事
雑念が浮かぶ・・

雑念が浮かんでいるのは現実ですから
それを消そうとするのではなく
出るがままにしておきます
放っておきます


神々しいビジョンが思い浮かぶ
しかし
それは脳が作り出した幻想
そのようなものは
ありがたがらずに
放っておきます



外の風の音
窓のきしむ音
カタカタッ・・

それらはやがて
過ぎ去っていきます


私達の雑念、妄想
辛い事、楽しい事

それらは
やってきては去っていく
風のようなもの


やってきては
去っていく





一休禅師は
カラスの鳴き声を聞いて
お悟りを開かれたそうな



禅は今生きて
苦しんでいる人のためにある





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【2011/06/30 07:55】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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「我(が)は苦しみの元」



「我(が)」でベタベタな状態で、お仕事をすると疲れます。

「我」で花を生けると美しくない。

「我」のスパイスを入れれば入れるほど料理はマズくなる。

「我」で恋をすると嫌われます。

「我」が強い上司に部下は寄り付きません。

「我」で飲む茶はマズい。

「我」で営業すると契約は取れません。

「我」が強いと心の病になります。


そして「我」は・・・自分も他人も・・
愛する人も破壊します。



本人が意識出来ていない
潜在的な「我の強さ」もそうです。
(無意識の意識化のススメ)

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-141.html




我、我、我・・・

私達が一生懸命大切にしている
「我」って一体何なんですかねぇ??




<続く>




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【2011/07/01 17:05】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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