マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
よく世の中のうつ病患者さんの
お話を観察していますと、

「あぁ。(元気だった)以前に戻りたい・・」

と言われる方が多いように思います。


それはとんでもない誤解です。
心理学や、禅の視点で厳密に言いますと、

以前までの生き方で
無理が生じ、限界が来たので
「うつ病というサインを出した」と
とらえてみてください。



??「私は以前は元気でしたよ?」
と言われるかもしれませんが、
意識、無意識

意識レベルは元気だったかもしれませんが、
潜在意識(本当の自分)は「もう限界だった」
意識、無意識3

しかも潜在意識は
何らかの「小さなSOS信号」出していたはずです。


それに聞く耳も持たず
GOGO!で突っ走った結果うつ病になりました。

厳密に言いますと
「以前の生き方で無理が生じていたので、
うつ病になったと考えられます」


したがって冒頭の
「(元気だった)以前に戻りたい・・」というのは

戻ってもよいですが、また「うつ病再発」しますよ。


ゆえに正しくは
・「以前のように戻ってはダメです」
・「以前と違った生き方を模索しなくては、何度でも再発します」


うつ病というものは、
「今までの生き方では、もう今後の人生もたないよ・・」
という「ありがたいメッセージなんです」


生き方(モノのとらえ方)をチェンジする時です。


以前の元気だった(かもしれない)生き方は
一見元気にみえましたが
潜在意識や脳は悲鳴をあげていました。

脳に慢性的にストレスホルモンが回っていて
(それすらも気付かず)脳神経がズタズタになっていた。
その閾値を越えた時、うつ病になりました。

ゆえに「突然発症的にうつになった」ように見えるでしょうが
実はもう、それ以前に潜在意識や脳は悲鳴をあげていました。




「うつ病というものは、今までの生き方を変える、
人生の大切な節目かと思います」



うつ病が再発しない新しい生き方
~我へのとらわれを緩めていく「プチ無我のススメ」~

*心の病の真犯人、我(が)とは?

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-66.html


「われ思うゆえに我あり(デカルト)」・・
・・・そして我に疲れ果て、うつ病になる。。

今までの人生、
自我(我:が)三昧に生きて、自我を確立し、
自我を固め・・・自我に疲れ果てました


ならば、これからは
「自我(我)の要らない所を捨てていく作業をしていきます」

*東洋の心理学は、西洋の”いわゆる”心理学や哲学とは
真逆の立場・方法論をとります。


「以前とは違ったタイプの元気」になります。
これが本当の「真の心の元気」です。

これが再発しない生き方。


自我(我)を緩める事により
潜在意識の風通しを良くし、
潜在意識の本当の力が引き出せるようになります。

*かえって以前(発症前)より、能力が高くなります。



逆に「いや。私は以前の私を貫く」という方は
それでもよいでしょう。

しかし、「一生抗うつ薬とのお付き合い」になるかと思います。
回復しては再発を繰り返す典型パターンですね。

これを寛解(かんかい)状態といいます。

*寛解は克服ではありません。
一見、軽快状態に入ったようにみえますが、再発の危険性の高い状態。


もちろん、どの道を進むのも個人の自由です。

でも今までの方法論で、
人生「何度も再発を繰り返されている方」は

一度立ち止まって、
方法論のチェンジを考えてみる時かと思います。


「うつ病というものは、今までの生き方を変える、
人生の大切な節目です」






【2014/04/07 05:32】 | うつ病
トラックバック(0) |


まーくー
こんにちは。初めてコメントさせていただきます。

「以前の私」というもの自体が、自分でつくりだしたイメージなのかな、と感じました。

執着しないようにと思っても、知らず知らずのうちに執着してしまっていますね。

精進します。

Re: まーくーさんへ
ショウセイ
> こんにちは。初めてコメントさせていただきます。

はい。ようこそ(合掌)

> 「以前の私」というもの自体が、自分でつくりだしたイメージなのかな、と感じました。

なるほど。自我というもの自体が、
単なる脳内データですからね。

「以前の私」は過去のデータです。
しかし、以前の私的な「精神の流れ(生き方:モノのとらえ方)」ですと、

寛解しては再発。寛解しては再発・・をずっと繰り返します。
非常に智慧の無い姿です。

人生のどこかで、
その流れを変えていく工事(心理療法)をしていかないと、
一生抗うつ薬とのお付き合いになります。

先日のメールでお勉強しました因+縁=果の
「縁」の部分ですね。
この部分はいくぶん操作可能です。


> 執着しないようにと思っても、知らず知らずのうちに執着してしまっていますね。
> 精進します。

私達はどうしても自我(我:が)に執着してしまいます。
*ただ俗世に生きる私達は、完璧に「無我」にはなれませんので、
「我執をゆるめる」だけで結構です。抜群に生きるのが楽になります。

ブッダの瞑想を続け、うつ病が治りそれでおしまいではなく、
是非「社会人の生涯学習」として続けてみてください。
仏教学は一生学んでも学びきれない「いのち」の学問です。
怠ることなく精進を続けてまいりましょう(合掌)


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
こんにちは。初めてコメントさせていただきます。

「以前の私」というもの自体が、自分でつくりだしたイメージなのかな、と感じました。

執着しないようにと思っても、知らず知らずのうちに執着してしまっていますね。

精進します。
2014/04/10(Thu) 00:43 | URL  | まーくー #-[ 編集]
Re: まーくーさんへ
> こんにちは。初めてコメントさせていただきます。

はい。ようこそ(合掌)

> 「以前の私」というもの自体が、自分でつくりだしたイメージなのかな、と感じました。

なるほど。自我というもの自体が、
単なる脳内データですからね。

「以前の私」は過去のデータです。
しかし、以前の私的な「精神の流れ(生き方:モノのとらえ方)」ですと、

寛解しては再発。寛解しては再発・・をずっと繰り返します。
非常に智慧の無い姿です。

人生のどこかで、
その流れを変えていく工事(心理療法)をしていかないと、
一生抗うつ薬とのお付き合いになります。

先日のメールでお勉強しました因+縁=果の
「縁」の部分ですね。
この部分はいくぶん操作可能です。


> 執着しないようにと思っても、知らず知らずのうちに執着してしまっていますね。
> 精進します。

私達はどうしても自我(我:が)に執着してしまいます。
*ただ俗世に生きる私達は、完璧に「無我」にはなれませんので、
「我執をゆるめる」だけで結構です。抜群に生きるのが楽になります。

ブッダの瞑想を続け、うつ病が治りそれでおしまいではなく、
是非「社会人の生涯学習」として続けてみてください。
仏教学は一生学んでも学びきれない「いのち」の学問です。
怠ることなく精進を続けてまいりましょう(合掌)
2014/04/10(Thu) 11:47 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック