マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
「極端な性善説は、心の病を悪化させる」
~仏凡同居(ぶつぼんどうご)~


よくおかしな宗教の主張する、
人間の「善なる部分」だけ肯定し、
悪いところは排除、見て見ぬフリ・・・

これは非常に不自然ですね。
こういった概念に「とらわれ」押しつぶされ
心の病になっている方もいます。

フロイトの精神分析学では、こういった善なる部分を
超自我(スーパーエゴ)といいます。


またこういった、いわゆる性善説を盲信しますと、
現実の社会はいかがでしょうか?

会社や日常では裏切り、蹴落とし、騙され、
人は自分の事しか考えていません・・・

社会人経験の長い人は、よく分かるかと思います。
(ごくまれにマザーテレサみたいな人もいますが、
そんな人は何億人に一人です)


人間は基本、利己的です。

人間は絶対善だ!と錯覚していますと
こういったことに実際遭遇した時、うつ病になります。
(特に心がピュアな人ほど)
こういったことは浮世では、日常茶飯よくあることですね。

性善説が心の病を悪化させています。
(カウンセラーやおかしな宗教団体の人達に、
極端な性善説を盲信している偽善者が多い)

性善説を盲信しますと思考の融通が利かなくなり、
非常に視野が狭くなります。
そこから「認知の歪み」が生じる事もあります。


逆に、こういった人間の基本性能を理解した上で、

たまに親切にされたり、優しくされたりしますと、
その親切がとてもありがたく
「身に染みて、貴重に感じる」と思います。


「性善説を盲信」していますと、
こういった親切が「されて当たり前」になり
ありがたみが薄いかと思います。
そして人は自己中、傲慢になっていきます。



また、本当に人は絶対善であれば
「刑法」は存在しません。

人は放っておけば、
何をしでかすか分からないのが人間です。

だから刑法は存在します。

めちゃくちゃな自由が本当の自由ではなく
決められたルールの中で自由を表現するのが、
本当の自由です。


ちなみに分析心理学のユングは、
清らかな「三位一体(父と子と聖霊の概念)」に
プラス「悪」を入れ、四角形にしました。
「四位一体」です。自然かつ、理想的な形ですね。



脳の視点から言いますと、
私達は大脳旧皮質だけ!ではなく
大脳新皮質だけ!ではなく

全て、ひとまとめで「脳」です。


taikyokuzu.jpg

前頭葉の理性だけで生きている人はいません。
また原始脳(大脳辺縁系、脳幹、基底核など)だけで
生きている人もいません。

理性も欲望(煩悩)も「一まとめ」で脳です。


仏道ではこれを
「仏凡同居」(ぶつぼんどうご)といいます。

(理性)も凡夫(原始脳:欲望:煩悩)も
ワンセットで人間ととらえます。



人の善なる部分を盲信するのではなく、
人の悪なる部分を盲信するのではなく、

人の善い部分ばかり凝視するのではなく、
人の悪い部分ばかり凝視するのではなく・・・


その人がとても清らかにみえる場合、
必ず「影」も大きい。
(カルト団体のインチキ教祖はその典型ですね)

その人をトータル的に観る事ですね。

*こういった智慧の目(視点)を仏道では、
「般若」(はんにゃ:パンニャー)といいます。


そして、
どちらも「あるがまま」に受け入れる事です。
両極端を離れた「中道」です。

それは私達自身も同じですね。

あるがまま。
「仏凡同居」



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【2013/07/24 05:55】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
トラックバック(0) |

全開ですね
E
>人間は絶対善だ!と錯覚していますと
>こういったことに実際遭遇した時、うつ病になります。

物心ついてからずっと「自分だけは善でありたい」と思っていました。ですが、これは我欲ですね。善ということ自体が観念ですものね。
自分の子供たちを見ていると全くそうではありません。自分がいかに正しく、兄弟たちがいかに間違っているかをいつも主張しています。「人間は本来善である」と信じていた自分にとっては日々心に打撃を受けている気分でした。この記事を読めてよかったと思います。

Re: Eさんへ
ショウセイ
コメントありがとうございます。

> 自分の子供たちを見ていると全くそうではありません。自分がいかに正しく、兄弟たちがいかに間違っているかをいつも主張しています。


子供は無意識(原始脳)優位ですから、
大人がしっかり見守り、上手に方向付けしていかないと、
とんでもなく我(が)が強く、
わがままな大人になってしまう事も考えられますね。

話はそれますが、現代の「新型うつ病」
「モンスターペアレンツ」問題などはその典型かと思います。


>「人間は本来善である」と信じていた自分にとっては日々心に打撃を受けている気分でした。この記事を読めてよかったと思います。


仏凡同居ですね。
人間は絶対善である・・・という幻想で生きていますと
実際の日常では、人間の「あさましさ・醜さ」に遭遇する機会が多々あります。
それも、まぎれもなく「事実」です。

そういった時に「理想(幻想)」と「現実(事実)」のあまりのギャップに
脳の情報処理がついていけず、ストレスフルになっていき、
行きつく先は「脳の病気」(心の病)になっていく事もあります。

正直でよいと思います。
人の善なる部分(前頭前野などの理性)と、
悪なる部分(原始脳:欲:煩悩)は、切っても切り離せません。
両方とも「事実」です。

二つで一つ、ワンセットです。どっちも生きていくためには必要です。
問題はそのバランスを崩した時、心の病になっていきます。
マインドフルネスや禅などの仏式瞑想は、そのバランスを整えます。

人の中に誰しも内蔵されている「悪」が分かっていれば、
「あぁ。今この人の悪の部分が出ているな」
「あぁ。今この人の善なる部分がでているな」と俯瞰できますね。
そして感情が暴走することなく、その人を受け入れられると思います。

自分自身の中にある「悪(煩悩)」も
客観的に理解していて観れていれば、
悪(煩悩)が暴走する機会が激減します。

性善説を盲信して、自分自身の深層心理、
潜在意識の「奥深く」にある悪(煩悩)がみえていないと、その人は暴走します。
心の病にもなっていきます。

仏凡同居。仏も凡夫も「あるがまま」受け入れますと
楽になるかと思います。

自分の中の、仏と凡夫。善と悪。
どちらかを極端に否定すると苦しくなります。
あるがままですね(合掌)



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コメント
この記事へのコメント
全開ですね
>人間は絶対善だ!と錯覚していますと
>こういったことに実際遭遇した時、うつ病になります。

物心ついてからずっと「自分だけは善でありたい」と思っていました。ですが、これは我欲ですね。善ということ自体が観念ですものね。
自分の子供たちを見ていると全くそうではありません。自分がいかに正しく、兄弟たちがいかに間違っているかをいつも主張しています。「人間は本来善である」と信じていた自分にとっては日々心に打撃を受けている気分でした。この記事を読めてよかったと思います。
2013/07/24(Wed) 14:13 | URL  | E #-[ 編集]
Re: Eさんへ
コメントありがとうございます。

> 自分の子供たちを見ていると全くそうではありません。自分がいかに正しく、兄弟たちがいかに間違っているかをいつも主張しています。


子供は無意識(原始脳)優位ですから、
大人がしっかり見守り、上手に方向付けしていかないと、
とんでもなく我(が)が強く、
わがままな大人になってしまう事も考えられますね。

話はそれますが、現代の「新型うつ病」
「モンスターペアレンツ」問題などはその典型かと思います。


>「人間は本来善である」と信じていた自分にとっては日々心に打撃を受けている気分でした。この記事を読めてよかったと思います。


仏凡同居ですね。
人間は絶対善である・・・という幻想で生きていますと
実際の日常では、人間の「あさましさ・醜さ」に遭遇する機会が多々あります。
それも、まぎれもなく「事実」です。

そういった時に「理想(幻想)」と「現実(事実)」のあまりのギャップに
脳の情報処理がついていけず、ストレスフルになっていき、
行きつく先は「脳の病気」(心の病)になっていく事もあります。

正直でよいと思います。
人の善なる部分(前頭前野などの理性)と、
悪なる部分(原始脳:欲:煩悩)は、切っても切り離せません。
両方とも「事実」です。

二つで一つ、ワンセットです。どっちも生きていくためには必要です。
問題はそのバランスを崩した時、心の病になっていきます。
マインドフルネスや禅などの仏式瞑想は、そのバランスを整えます。

人の中に誰しも内蔵されている「悪」が分かっていれば、
「あぁ。今この人の悪の部分が出ているな」
「あぁ。今この人の善なる部分がでているな」と俯瞰できますね。
そして感情が暴走することなく、その人を受け入れられると思います。

自分自身の中にある「悪(煩悩)」も
客観的に理解していて観れていれば、
悪(煩悩)が暴走する機会が激減します。

性善説を盲信して、自分自身の深層心理、
潜在意識の「奥深く」にある悪(煩悩)がみえていないと、その人は暴走します。
心の病にもなっていきます。

仏凡同居。仏も凡夫も「あるがまま」受け入れますと
楽になるかと思います。

自分の中の、仏と凡夫。善と悪。
どちらかを極端に否定すると苦しくなります。
あるがままですね(合掌)

2013/07/24(Wed) 17:06 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
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