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マインドフルネス仏式瞑想・森田療法を使った「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング) 
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします(合掌)

「マインドフルネス仏式瞑想」を通じて、
うつ病・神経症人生から解脱し、
朗らかで楽しい人生を歩まれんことを願います。


*一つ前の記事は「中~高年の転職について」
ややピリ辛な現状を書きました。少し刺激が強めですので、
受講生限定記事とさせていただきます。


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さて今回は、読者さんのご意見の考察。


*satiさん。
この読者の方は、かなり昔から当ブログにいらっしゃる方で、
お会いした事はありませんが、
問題意識をもって瞑想に取り組まれている
大変意識の高い、優れた瞑想者と洞察します。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回のテーマは、

「僧侶ではない、
俗人(一般人)としての瞑想者の生き方」

こちらのお話の続編となりますね。
↓(思い通りにならない!?瞑想でウツが改善する)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-1463.html

>『あってほしい』という衝動と、
>『私・自分』の人生。この辺りのお話をまた読ませて頂きたいと思いました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ちょうど今、受講生の方々と
このテーマを議論していたところで、よい機会。
取り上げさせていただきます。


~無我は分かるのですが、
無我になりきれない、私達生ぐさな俗人~


さて、これは私達世俗の瞑想者にとって
悩ましい問題ですね。

まず結論から申し上げます。


==========================
「あってほしいという衝動、
そして私・自分(自我)」

これが強くなればなるほど、苦しみは増してきます。
ひどい場合は、うつや神経症に発展します。

(この仏教学的カラクリは
上記リンクにて詳しく述べてあります)


ゆえに出家僧は、無我の境地を目指し
修行三昧の生活を送るのですが。。


・・・だが、しかし。


私達はお坊さんではありません。
世俗に生きる者として、社会生活があります。

「あってほしいという衝動、そして私(自我)」も無いと、
現実的に言うと仕事ができません。


ですので
バランスの問題」ととらえてみます。

仕事など社会生活をしていく上で、病気にならない程度。
生き辛さが暴走しない程度に
「あってほしいという衝動、そして私(自我)」を「緩めて」いきます。


なおかつ、仕事などで自己実現が叶う程度に
「あってほしいという衝動、そして私(自我)」を「育てて」いきます。

両方のバランスを崩さない程度に調整していきます。


ギターの弦は、締めすぎると
音がキンキンになったり、切れてしまいます。

逆に緩めすぎると、音がでません。

ほどよい張り加減がよい音色を奏でます。


*在俗の瞑想者にとっての
「ワタシ(自我)」の取り扱いは
こんな感じでよいかと思います。
==========================




<解説編>

*ここからは難しいと思いますので
パスしてOK。分かる人だけお読みください。


もちろん上記で述べましたように、
仏教瞑想の本当の道は
パーフェクトな「無我」を目指します。


完璧な無我(無私)になりますと、

あってほしいという衝動(行:サンカーラ)も
連動して無くなっていきます。

そういった衝動(行:サンカーラ)が無くなりますと
つまり悟りの世界のようなもの。

完全な自由な境地。
悩みは完全になくなります。


現在、当プログラムで学習されている受講生さん向けに
「五蘊(ごうん)」で言うならば、

<行が無いということは、想が無い。
想が無いという事は、受が無い・・・そんな感じで
いき着く先は「無明(根本的な煩悩)」も無い>

~無色 無受・想・行・識・・・
無無明 亦無無明尽~
(般若心経より)


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・


・・・ただ。。


当ブログ内で
度々語っていますように、、

「私達は山でカスミを食べて生きる
聖者や仙人ではありません。

完璧な無我を目指しますと
世俗の仕事が出来なくなります。

私達は普通の一般人であって、
仕事・家事・学業など社会生活があります」


何度も言いますが
私達は普通の小市民です。
(私もそうです)

一日中、お坊さんのように悟りすました顔で
瞑想修行ばかりしている訳にはいきません。

それは一般人として現実的ではない。


当心理相談所で学習・お稽古している
「マインドフルネス仏式瞑想」の目的は、
悟り・・・とかそういった崇高なものより、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・うつ病・神経症(不安症)、そして「生き辛さ」を解消し、
普通の一般人として、朗らかで楽しく人生を全うすること。
そのためのツールとしての瞑想。

・自殺せず、人生をきちんと責任をもって生き抜く事。

・実際、抗うつ薬飲んだところで
気休め程度で治らないのが「本音」の部分でしょう。
ゆえに薬物療法でカバーできない部分を、
心理療法的アプローチでカバーする。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これが「マインドフルネス仏式瞑想」の
目指すところであり、ゴールです。


当プログラムの
「マインドフルネス仏式瞑想&森田療法」は、

A「現代心理学(脳科学)」

B「伝統的な仏道の修養法」のハイブリッド
という立場です。


まずAにより一般的な心理療法。
脳や心理的な問題を解消し、うつ・神経症に対応。


-----------------------------
ですが、ここで問題点
-----------------------------


病院の薬物療法や、一般的な心理療法
少し軽くなっても「それはあくまで表面上の事で」
なにかモヤモヤする。。。

そう。「生き辛さ」という問題は、
脳や心理学など、机上の学問で対応しきれない事に

センスがある人。あるいは長年、
心の病と闘病している人は、気付くのではないでしょうか?


そこで現代的な学問(心理学・脳科学)に、
仏教哲学をドッキング。

伝統仏教的な考え方、
人生のとらえ方も学習していきます。


A・脳や心理学的な問題

普通の心理療法
(認知行動療法・ヒプノセラピーなど)


・・・ですがそれで完全な根治に至る人
ほとんどいないでしょう。
よくいって寛解(かんかい)です。
(寛解は高確率で再発します)


そこで、


B・ウツや神経症の背後にある
「生き辛さ」の問題

仏教哲学(マインドフルネス仏式瞑想)や
森田療法で対応


AとBは車の両輪です。

この二つが揃って、
寛解から→ 『根治』に向かいます。







「だいぶ話がそれましたので、まとめ」


・苦の原因は我執(がしゅう)です。
自我(ワタシ)に対する過剰な執着。


・だから無我を目指すのですが・・・
出家僧でもない私達一般人が「無我すぎると」
仕事など社会生活が出来なくなります。

ゆえに、自我・自分の人生も育て、確立し、

かといって自我を肥大させすぎますと(我執)
心の病になりますので、上手にブレーキをかけ、
バランスの取れた人生を目指していきます。


・ちなみに伝統的な初期仏教の見解では、

悟りのレベル3「不還果」(ふげんか)になりますと、
もう世俗の生活が出来なくなり、
僧としての生き方しかできなくなると言われております。


・何度も言いますが、私達は
普通の世俗の一般人です。

普通の社会人としての
幸福を目指すためのツールとして
「マインドフルネス仏式瞑想」を活用していきます。


・人生が幸せになっていきますと、
うつ病・神経症は消滅していきます。

「人生、幸せな人で
うつ病患者はいないでしょう?」


・精神科や心療内科は
「幸せ」に関しては専門外です。

精神科医に「幸せ」を問うても
医師は困ってしまいます。専門外ですので。

基本的に彼らは
脳科学的なアプローチしか出来ません。
(おもに薬物療法)


ちなみに私が昔、
うつ病&神経症患者だったころ。

私の担当する主治医自身が
「抗うつ薬」で治療中だったようです。
(診察中に私にカミングアウトしました)


うつ病のプロフェッショナルが、
自分の療法で治せていない・・「ダメだこりゃ」と、、

*分かりやすく例えますと、
たとえば素晴らしいダイエット法を勧める療法士が
丸々と太ってメタボで不健康そうでしたら、
その人のダイエットコーチ、受けたいですか?


その後、精神科を転院し、
様々な精神科医を観察してきましたが、

精神科医自身が
不幸そうな方を多々見受けられます。
(先ほどの主治医も、
見るからに心が病んでいるような人でした)

なぜなら彼らの多くは
「幸せ」に関する問題は専門外ですので。
*(誤解のないように。
中には素晴らしい精神科医もいると思います)


あまりこういう事を言っていると失礼ですので、
何が言いたかったかといいますと、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
幸せになると、脳や心理学的な問題は
自ずと改善されていくものです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*一般的なうつ病対応(薬物療法など)にプラスして、
幸せに関する学びなど、
メンタル面でのアプローチも加えていきます。



うつ病・神経症など「こころの病」が
化学薬品で根治すると思いますか?



仏教学の視点から言いますと、

やはり、精神の病は、
精神的なアプローチで治すものではないでしょうか?



・・・という問いを投げかけて、
今回のお話を終わらせていただきます。

長文お読みくださり
ありがとうございました。



*注: ただし発症したての危険な時期
(急性期~回復期)は

緊急避難的に「薬物療法は非常に有効」だと思います。
薬物療法を全否定しているわけではありません。

ただ、一時的な対症療法としてはよいが
「根治」はしないでしょう。







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【2020/01/04 04:27】 | 心の病  「禅カウンセリングの視点」
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