マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
・あの人がこうしないから
私はうつ病なんだ。

・なぜあの人は、いつもこうなの?
だから私は辛い。

・あの人にこう言われたせいで
心の病になった。

・あの人はこうすれば
もっと幸せになるのに、
なぜそうしないの!!

(これは意識の高い、
「自己啓発を一生懸命やっている系」の人に多い)

などなど。。
~~~~~~~~~~~~~~~~~



頭の中がいつも
こんな思考・妄想が渦巻いて、
疲れ果て・・

副次的に
うつ病や神経症になっているケース
について

仏教心理学の視点から論じてまいります。


まず先に結論から言いますと、

仏教心理学では、
以下2つの立場をとります。


====================
1、
他者の事はあまり関係ない。

それよりも、
他者に対する「自分の」関わり方、

受けとらえ方を
淡々と、作業的に変えていきます。


===================
2、
他人は他人、自分は自分。
自分の人生の業(宿題)を淡々とこなす。

他人も自分の人生の業(宿題)を
こなしていますので、
他人の宿題に口出し、手出ししない。



それは他者がやるべき宿題であって、
自分の宿題ではないし、

他者の人生の宿題(学びの機会)を
奪う事になります。


その他者は非常に不器用で
要領悪く見えるかもしれませんが、

その「不器用で要領悪く」やっているのも
その人の今世での宿題(業)です。



いつか本当に行き詰る事があれば
自分で道を選ぶ・・のを待つ。

人は本気で人生ヤバいと思うと、
自主的に道を選びます。

こちらから用意してあげるのは、
その人にとっては
「押しつけ」になる事もあります。

「押しつけ」では
人は本気で動かない。

===================


*上記1・2は心理学では
課題の分離」といいます。




一見冷たく見えるかもしれませんが、

これが冒頭の事例で
心の病になっている方にとっては、

最強の「メンタルヘルス」になります。


また例えますと、

子供に苦労をさせずに、何でもかんでも
お母さんがやってあげたりしますと、

「結果的に、
将来苦労するのは子供です」

大人になったら
誰も助けてくれません。


問題解決能力・
ストレス耐性を身に着けず
大人になると、

その子供は、
新型(現代型)うつ病や神経症など
地獄の人生を歩む事になります。


*お母さんが
何でもやってあげる・・・のところ「注意点」です。

それは、実は深層心理では、
「きれいな慈愛」ではなく

『ほとんどの場合、親の汚い我(エゴ)』が
潜んでいます。
意識、無意識




教育論はさておき、

このたとえのように、気になるあの人・・に、
口出し、手出ししたいのですが、

「不器用な苦労も学びです」


たとえ最愛の人でも、やはり他人です。
他者は他者の人生の業(カルマ・宿題)を
こなしています。

その他者の宿題、学びの機会を
略奪するのを止めます。

(押しつけがましい)手助け、助言・・・は
一見美しいように見えますが、

ほとんどの場合、その出どころは、
我(エゴ)です。

*出どころ=深層心理



ただ、ここは注意点があります。

何でもかんでも
他人の事は放っておけ・・ではなく、


1、
「他者から助言を求められた時は
きちんと助言する」


例えば、
当プログラムの受講生のご職業で
多いのですが、

学校教師、塾の講師などは
「教える仕事」です。


私は他者(塾生)の業には
一切口出ししません。

塾に生徒が来ても、私は知りません。
勝手に学んでください。。

・・ではなく、

プロとして誇りをもって指導します。


(しかし、その学んだものを、どう活かすかは
生徒さんの課題であり、生徒さんの人生です。
そこの部分は触りません)


また受ける方も、仏教心理学では
助言を求められたら、
きちんと教える・・・ですので、

私はこの塾・教室に
お金を払いません。

無料で私を志望校に
合格するよう指導してください。


という「歪んだ解釈」にならないよう
気をつけます。

プロ(職人)に対し、
非常に失礼かと思います。


*この「無料でクレクレ君」は
現代ネット社会で
非常に多いように思います。



手前味噌の話ですが、

私のところは
「個別に、しつこい売り込みもしません」し、
「こちらから助言することもありません」

プログラム受講申し込み
(つまり助言・指導を求められたら)

きちんとプロとして指導・助言します。


プログラムを終えましたら、
完全放置します。

もちろん、行く先々で、
その人から助言を求められたら
(単発補講・申し込み)

きとんと正面から腰を据えて
クライエントさんと全力で向き合います。


この心理業界は、新規参入者は大抵、
1年以内に潰れる業界です。

10年以上活動を継続しているケースは
ごくわずかです。

当活動が13年潰れずに継続しているのは、
上記の理由もあるかと思います。


潰れるカウンセラー・セラピストを
観察していますと、

最初は勢いすごく、ネット戦略・広告戦略、
(押しつけがましい)メール・電話での個別セールスなど。。

最初の勢いはすごいですが、
数年後どうなっているかチェックしますと、
たいてい「潰れています」


私の知り合いのカウンセラーでもいたのですが、
「自他共に潰れます」

自分の精神も潰れます。
カウンセラー自身が、
重篤なうつ病・神経症に
なってしまっているケースも目立ちます。


心理業界に夢を抱いている人に
申し訳ありませんが、
現実は結構厳しいものです。

「心の病」を扱うのは
甘くありません。


失礼。
話が脱線しましたので戻します。

これはこちらの業界の話ですので
参考までにしておき、


ここの要点1は、

何でもかんでも
放っておくのではなく、

「助言を求められたら助言する」という
スタンス。



2、
その気になる他者の問題が
急迫・切迫している問題でしたら
然るべき介入をする。


急迫・切迫とは、命の危機、犯罪予告、
DV(暴力)など。

これらも他者の業(カルマ)だから放っておく
ではなく・・

救急車、警察、
然るべき機関の介入などが必要。


もちろん
「他者の業」は間違いないです。

その人が犯罪をすれば、
その人の業はさらに深くなります。


ですが公共、あるいは
我が身に命の危険がある場合、
きとんと然るべき対処をします。

ここも歪んでとらえる人は
いないと思いますが念のため。



============
~「ブログ版プチワーク」~
============


さて、冒頭の話に戻します。

他人の事で、頭の中が振り回され、
うつ・神経症になりそうな時。


これは誰の課題か?
心理学で言う「課題の分離」をします。


課題の分離ゲーム」をします。

以下の感じで、
自分の脳内、心の中で

「”自分をツッコミゲーム”」を
してみてください。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・あの人がこうしないから
私はうつ病なんだ。

あの人がどうしようが、あの人の課題です。
自分の課題ではない。
わざわざ自分が鬱になる必要が無い。


・あの人にこう言われたせいで
心の病になった。

あの人が自分をどう評価しようが、
あの人の自由であり、あの人の権利です。

*実は深層心理では、
あの人の頭の中を、自分の都合のよい評価にしたい
という我(エゴ)が潜んでいるかも。


ゆえに、こんな感じで自分に
ツッコミを入れてみてください。

「そうなんですね。
あなたは私の事をそう思ったんですね。
どうぞご自由に。あなたが私をどう評価しようが
あなたの権利ですので。」

(ただし違法級・パワハラ級の暴言は
然るべき対処をしてください)


・なぜあの人は、いつもこうなの?
だから私は辛い。

あの人がこうなのも、
あの人の業(カルマ)であり

あの人が自分で刈り取るべき課題です。
自分は関係ありません。

自分は自分の宿題(業)を
日々、淡々とこなしていきます。


・あの人は、こうすれば
もっと幸せになるのに、
なぜそうしないの!!

余計なお世話です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



マインドフルネス仏式瞑想では、

====================
他者の事はあまり関係ない。

それよりも、
他者に対する「”自分の”」関わり方、

受けとらえ方を
淡々と、作業的に変えていきます。

====================


これは夫婦、嫁姑、
兄弟、親子など

身近な他者ほど
課題の分離が出来ず


イライラしたり、それが原因で
心が病気になったりします。
(特に神経症の方は)


当プログラムでは、もっと具体的、
かつ実践的な事をお稽古しますが、


今回のコラムを学習するだけでも
対人関係で、
ストレスを抱えがちな神経症の方は、

いくぶん楽になるかと思います。


また当プログラム受講生の方で多い、
学校教師、塾の講師の職業の方は、
(対人のお仕事は非常に
ストレスのかかるお仕事かと思います)

今回の「課題の分離」を踏まえた上で、

お仕事(お勉強のご指導)をしますと、
いくぶん楽になるかと思います。



さいごに
「自灯明 法灯明」
(じとうみょう ほうとうみょう)という

仏教心理学の言葉を紹介します。


仏教哲学では
自灯明 法灯明」という考え方があります。

それは、他人や物を
拠り所とするのではなく、

自分自身と
法(仏教心理学的な考え方・瞑想技法)を
拠り所として生きていく。


そして、「他人は他人。自分は自分
自分の課題を淡々とこなしていきます。



すると他者のエゴに
振り回される人生が解消していきます。

他人に操られ、乗っ取られる人生が
解消していきます。


================
すると毎日要らぬストレスを
抱え込むことが無くなっていき、

慢性的ストレス脳が解消されていき

脳の病気が治っていき

うつ病・神経症などの心の病が
「根治」していきます。
================


病院の薬物療法は
発症したての急性期~回復期は
非常によいのですが、

回復期後期(薬物療法で数ヵ月)あたりから
越えられない一線」を感じると思います。

*これは心理学の教科書には載っていません。
リアル患者経験した人しか、分からないと思います。


薬物療法の限界を悟りましたら
心理療法(マインドフルネス仏式瞑想・森田療法など)も導入し、

越えられない一線をエイッと越え、

寛解(かんかい)ではない
根治」を目指していきましょう。




ブログランキング参加しております。応援クリックお願いします
(Ctrlキーを押しながらクリックしますと画面の処理が早いです)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

人気ブログランキングへ
2クリックしていただいた方・・ご支援ありがとうございました。





当心理カウンセリング、
心理療法(マインドフルネス・森田療法)

お問い合わせ・お申し込みは、コチラからどうぞ。

http://mindfulness-arugamama.com/mail


*「当心理相談所、
13年運営のポリシー」*

・当カウンセラーは、特定の宗教団体、
自己啓発団体など、一切関わりはありませんし、
一切関係ありません。

・またサプリや霊感グッズなど、
おかしな?物品販売・勧誘等も一切ありません。

・悪質な自己啓発セミナーのように、
個別にしつこく勧誘・
セールスすることも一切ありません。





☆ 当ブログ・メルマガ・ホームページは
「著作権により保護されています」
著者の許可なく、無断転載・転用(一部引用も含む)は
禁止します。


【2017/09/28 01:49】 | 神経症(不安障害) 「克服のヒント」
トラックバック(0) |


sati@
拝読いたしました当記事、またしても素晴らしく
私にとりまして実にタイムリーでありましたので
しばらくぶりに
投稿させていただきます。

今日、公園でゴルフをやっているおじさん?おじいさん?
がおりまして
別の公園でも立看板で注意されていた方と同一人物らしい様子。

ひとこと言うべきか否か。
自分の心をかなり観察した後
ボール等が人に当たってからでは遅いだろうと
煩悩の怒りで話さないよう集中し努力しながら

私)「おじさん、ここじゃあゴルフは危ないよ」

おじさん)…… 無視

私)再度「ここじゃあゴルフは危ないよ」

おじさん)…… 無反応

私)「おじさん聞こえとる?!!!」

負けました。自分の煩悩に。(ー ー;)

良かれと思うことに、
世直しに、
潜む私の怒りの煩悩。

帰ってきて
仏教のサイトを読みながら反省しておりますと

『相手に自分の手で汚物を投げると、
先に汚れるのは自分
相手ではありません。

相手が身体をかわせば、
汚物は当たらずに被害を受けない場合もありますが、
汚物を投げようとした自分の手は必ず汚れます。』と

そして貴記事。
納得いく解説。
有難く頂きました。


公園を出て振り返りますと
おじさんはクラブ、フルスイングで
止めることなく球を打っておりました。

合掌

Re: sati@さんへ
ショウセイ
お久しぶりです。
コメント拝見させていただきました。
困った人ですね。。

私達、在俗の瞑想者(ブディスト)は、こんなスタンスを推奨します。

事を起こす前に、
これは「公憤」か「私憤」かを分析します。

・公憤は客観的に観て、公共の害悪への憤慨。
・対して私憤は、自分の我(エゴ)から出た憤慨。

公憤はよいですが、私憤はなるべく慎みます。

公園でゴルフの練習は非常に危ないですね。
子供に当たったら大変です。

sati@さんのとった行為は公憤かと思います。
そこまで自分を責めなくてよいかと思います。

そしてこういった方は、注意しますと逆恨みされたり
sati@さんが、身の危険にさらされることもありえます。

ゆえに警察に連絡し、
お巡りさんに注意してもらうのが「安全策」かと思います。

安全な方法をとってください。

コメントありがとうございました。
それでは精進を続けてまいりましょう(合掌)


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
拝読いたしました当記事、またしても素晴らしく
私にとりまして実にタイムリーでありましたので
しばらくぶりに
投稿させていただきます。

今日、公園でゴルフをやっているおじさん?おじいさん?
がおりまして
別の公園でも立看板で注意されていた方と同一人物らしい様子。

ひとこと言うべきか否か。
自分の心をかなり観察した後
ボール等が人に当たってからでは遅いだろうと
煩悩の怒りで話さないよう集中し努力しながら

私)「おじさん、ここじゃあゴルフは危ないよ」

おじさん)…… 無視

私)再度「ここじゃあゴルフは危ないよ」

おじさん)…… 無反応

私)「おじさん聞こえとる?!!!」

負けました。自分の煩悩に。(ー ー;)

良かれと思うことに、
世直しに、
潜む私の怒りの煩悩。

帰ってきて
仏教のサイトを読みながら反省しておりますと

『相手に自分の手で汚物を投げると、
先に汚れるのは自分
相手ではありません。

相手が身体をかわせば、
汚物は当たらずに被害を受けない場合もありますが、
汚物を投げようとした自分の手は必ず汚れます。』と

そして貴記事。
納得いく解説。
有難く頂きました。


公園を出て振り返りますと
おじさんはクラブ、フルスイングで
止めることなく球を打っておりました。

合掌
2017/10/04(Wed) 01:00 | URL  | sati@ #-[ 編集]
Re: sati@さんへ
お久しぶりです。
コメント拝見させていただきました。
困った人ですね。。

私達、在俗の瞑想者(ブディスト)は、こんなスタンスを推奨します。

事を起こす前に、
これは「公憤」か「私憤」かを分析します。

・公憤は客観的に観て、公共の害悪への憤慨。
・対して私憤は、自分の我(エゴ)から出た憤慨。

公憤はよいですが、私憤はなるべく慎みます。

公園でゴルフの練習は非常に危ないですね。
子供に当たったら大変です。

sati@さんのとった行為は公憤かと思います。
そこまで自分を責めなくてよいかと思います。

そしてこういった方は、注意しますと逆恨みされたり
sati@さんが、身の危険にさらされることもありえます。

ゆえに警察に連絡し、
お巡りさんに注意してもらうのが「安全策」かと思います。

安全な方法をとってください。

コメントありがとうございました。
それでは精進を続けてまいりましょう(合掌)
2017/10/05(Thu) 01:33 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック