マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
本日のお題は、

「欧米式マインドフルネスに対し、
アジアのマインドフルネスから一言」

~「唯脳(ゆいのう)主義」の
暴走による問題点~


と題して、お話を進めていきます。


*前回の予告と内容が変わりました。

本日は少し長いですが、
現代脳科学・心理学に対し
「問題の核心に迫る」大切なところです。

長いのでどうぞ
お茶でも飲みながらお読みください。



・・・さて、先日のテレビ
「NHK・キラーストレス」でも
取り上げられていた

アメリカ式の
マインドフルネスは

脳が!脳の機能を!脳の効果が!
全ては脳!
うつ病も人生も、全て脳!

脳・脳・脳 Oh~No(のう)!!

・・・こういった
「唯脳(ゆいのう)論」
「唯脳主義」

立場をとります。


私達アジア人から観ていると
あきれて・・ものが言えません。

実にアメリカンなノリかと思います。


それをそのまま
日本に持ってこられても・・・

(アメリカ式の紋切型の
認知行動療法(CBT)もそうですが。。)


で、唯脳主義の思想ですと、

脳が停止したら全て終わり。
何もかも終わり。

完全に無になる。
全て終わり・・・という事になります。


-------------------------------
・・・であるならば、
-------------------------------


私達はなぜに、
こんな苦労をして

学業、仕事、子育て、
家事、稽古事など・・・

こんな大変な事を
やる意味があるんでしょうか?


私もかつて会社員の頃
修羅場はたくさん味わいました。

お仕事、ビジネス、
食べていく事はとても大変な事です。


唯脳主義の哲学に問いますと、

なぜにこんなに
大変な事をしなくては
ならないのだろうか?


だって、脳が停止したら
全て終わりなんでしょう?

だったら、
こんなに一生懸命やっている
仕事も家事もお稽古事も
意味が無いという事になりますね。

全ては脳で、
脳が停止したら終わりなんでしょう?


でしたら、こんな苦労は早く止めて
素早く脳を停止させた方が
(つまり死)
楽なのではないでしょうか?


また、ある自己啓発の先生は
こう言います。

「人生一度きりだからさ!
おいしいもの食べて、楽しもうぜ!」・・・と。


人生一度きりで、脳が停止したら
何もかも終わりなんですよね?

ではその、おいしいもの食べて楽しんでも
脳が停止したら終わりなんですから

おいしいものを食べ続ける事に
何の意味があるんですか?


「唯脳主義」は、
最終的に、これらに行きつくと
困ったことになります。

~~~~~~~~~~~~~~~
脳とか心理とか
そういった問題じゃなくて・・

「哲学的なもの」が根底にある
うつ病患者さんは、

「唯脳主義」「唯脳論」では
よけい死にたくなる。
~~~~~~~~~~~~~~~


もちろん
自己啓発の先生が言うように

「人生一度きりだからさ!
おいしいもの食べて、楽しもうぜ!」

という思想がお好きでしたら

どうぞ毎日パーティして、
毎日、糖尿病になるくらい
おいしいケーキなどを食べて

どうぞ楽しんでください。


・・・でも、

そういった一般的な
生き方・思想に

「何か違うんだよな・・・」
「何かがおかしい・・」と
人生、違和感を感じている人は

ここから先をお読みください。




小学校~青年期まで
うつ病・神経症歴、十数年の
元ベテラン患者から言いますと、

また現在は、克服者の視点から
患者時代を振り返り、俯瞰しますと、


うつ病ってね。
軽度の人はよいですが、

私のように根の深いうつ病は

脳がどうの・・心理学がどうの・・・という
「浅い学問レベル」の
問題ではないんですね。

(根の深いリアル患者さんは、
それに気づいているのではないですか?)


根っこにあるものは、
先ほどのような

======================
「何のために人は苦労し、
何のために、こんな大変な人生を送り、
何のために仕事をし、蹴落とし、蹴落とされ、
何のために生まれてきたのか?
なぜ生きていかなければならないのか?」
======================

など、「哲学的な問題」が
根っこにあるケースが多いんですね。


私は職業柄、様々な
心理学の教科書的な物を
読んでいますが、

どこの教科書にも、
これについて触れていない。

いや触れられないのでは
ないでしょうか?

(フランクルやユングは
こういった問題に触れておりますが。
ですがこれらは、教科書では異端視されます)


もし私が
教科書を執筆するならば

うつ病の一般的な(ありきたりな)
「生物学的要因」「環境的要因」
「心理学的要因」などに加えて・・

「哲学的要因」という項目を作り
それについて
たくさんの論じたいと思います。


この「哲学的要因」は
当ブログでも何年も語られていて
私の「オリジナル定義」なのですが、


私はこの心理学、
カウンセリングの現場に12年います。

実際の現場ではね。

教科書と現場は
違う事があります。


「生物学的要因(脳も含む)」
「環境的要因」
「心理学的要因」などでは

割り切れない「何か」があります。


実際12年間
うちにいらっしゃった方々の多くは
これが根っこに引っかかっている方が多い。

「何のために人は苦労し、
何のために、こんな大変な人生を送り、
何のために仕事をし、蹴落とし、蹴落とされ、
何のために生まれてきたのか?
なぜ生きていかなければならないのか?」



では、唯脳主義の先生。
実験しましょう。

ここの部分を、
「抗うつ薬」でハイテンションにして

(私もうつ病患者時代、
特にSNRIでぶっ飛びました)

毎日ご機嫌!脳内ハッピー!!
あはははは!!

(脳科学の定義では
これが治ったのですよね)

・・・・・・

・・・

ははは・・・

はは・・・は

・・・

何かが違う
何かが虚しい・・・

「脳はぶっ飛びハッピー」なんだけど
なんなの!?この虚しさは・・・


脳ではなく
根本的な所が解決されていない。

小学校の頃からの
「哲学的問い」がケアできていない。


脳で本当に解決するならば、
みんな脳内に電極を埋め込み

抗うつ薬でぶっ飛べば
治るはずじゃないですか?


~「でも治っていない人が
多いのはなぜ?」~


そもそも、
こころ・精神の病は
そういった問題なのでしょうか?



アメリカ式のマインドフルネスは
このアジアの瞑想法

一番核となるところ
(一番大切なところ)を排除し、
技術だけに特化しました。


そして、脳が!脳こそが!
脳の効果が!人生全て脳!
脳で解決!全ては脳だ!・・・と。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「脳という”宗教”を打ち立てました」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もちろんそれは
健常者のリラクセーション程度には
なるでしょう。
それはそれでよいと思います。


ですが、根の深いうつ病や
神経症の方々は
少し気持ちよくなるだけで
根本の問題は何も解決されないでしょう。


実際、ここ2~3年前くらいから
欧米式のマインドフルネスが
爆発的に流行り出して

アメリカ式マインドフルネスに行かれて
何も得られなかった方々が
当心理相談所に流れてきます。


~~~~~~~~~~~~~
その数の
多いこと多いこと・・・
~~~~~~~~~~~~~

私も一人で全国・海外の方を
対応しておりますので
受け入れきれないくらいです。


*アメリカ式から流れてくる方々の
言い分は分かります。

私も欧米式マインドフルネスに関する事は
調べ尽くし、実践してみて
その「技術の盲点」はよく調べてあります。



ですが、当心理相談所は
アメリカ式マインドフルネスに
疑問を持った方々


受け入れ機関として
社会のお役に立てれば
よいかなと思います。

(ただ本物を提供していきますので
アメリカ式より、少し大変ですよ)


実際当プログラムは

脳や現代心理学の学習を
「たらふく」勉強します(笑)

---------------------------------------
え!?
さっきの話と矛盾では??
---------------------------------------

いいえ。違います。

うちでお勉強する、
脳や心理学は「前フリ」です。

お芝居で言うならば前座。
スポーツで言うならば準備体操。


プログラムを
受けられたことのある方々は

「え!?これ前フリなんですか!?
これだけでも、ごちそうさま級の
お腹いっぱい満足のカリキュラムなのに!!」


*(ちなみに当プログラムは
2年くらい前に、リニューアルしています。
例えば5年くらい前に受けられた方が
再受講されると、更に深い学習が出来ます。
当プログラムは常に「進化系」です)


前フリの脳科学・心理学。

そこだけでも、
普通の心理カウンセリング、
心理療法を

凌駕するほどの
ボリュームがありますが、

「そこだけで
満足しないでください」


もちろん脳科学・心理学も、
間違った事を言っている訳では
ありませんので

それを「踏まえた上で」
その先に進みましょう。

現代脳科学・心理学に
仏教哲学も織り込んでいきます。

(尚、当カウンセラーは怪しい宗教団体、
おかしな自己啓発団体とは一切関係ありません)


アメリカ式の、仏教哲学を
切り落とし、技術に特化した
マインドフルネスは

「サーカスの綱渡り」と同じで
曲芸が出来るようになっても

「人生の荒波を生きていく智慧」は
身につきません。



またマインドフルネスというものは、
「仏教哲学」がスッポ抜けていると
「何とでも悪用が利きます」


当心理相談所では
マインドフルネスが流行り出す前

12年前からこの特殊な心理療法を
指導しております。


ここ2~3年前から急激に流行り出した
欧米式マインドフルネスは、

出たばかりなので
真新しい印象があるのですが、

核の部分(仏教哲学)を切り落とした
マインドフルネス「ごっこ」は、

そのうち何らかの問題が
出てくるかと思います。


皆さん気になる部分は
「仏教哲学」というと・・・

「宗教ですか!」と
思うでしょうが

当プログラムの
卒業生に聴きます。

どうですか?
これは宗教でしたか?


皆さんの感想は
「仏教は葬式・宗教だと思っていました!」

「講義を受けて、これは人間学であり
学問体系であることが明確に分かりました」

「しかも人生に虚しさを感じている人が
よりよく生きていける
人生に使える能動的学問です」


皆さんこんな感想を
持たれる方が多いですね。

「2500年前、本来の仏教は宗教ではなく
虚しさを抱える人間が、人生をよりよく生きていける
思想・哲学・学問体系なんですよ」



またよくアメリカ式マインドフルネスから
流れていらっしゃる方々は

「今までやってきた
アメリカ式マインドフルネスとは全然違う!」

と「驚愕」される方も多いですね。

そうです。
欧米式とは「別物」ととらえてください。


はい。今日も
話が長くなってしまいましたね。


脳・脳・脳・・・唯脳主義
「本当にそれでいいんでしょうか?」


私自身や、全国から
当カウンセリングにいらっしゃる
クライエントさんのように、

子供の頃から、
うつ病・神経症を持っている
根の深いものは

脳科学や心理学で、
ちょっといじっただけ・・・では

本当の意味で
何も変わらない。


アメリカ式で
何も得られなかった方々・・・

「その先に一歩進み
歩んで行きましょう」



日本には古来から
「禅」「仏教」という
美しい精神文化があります。

私が提供している
マインドフルネス仏式瞑想のお稽古は
何も特殊な事じゃなくて、

私達のご先祖様達が
すでにやっていた事なんですよ。


桜
(成田山・新勝寺にて)


私達アジア、日本人の
「美しいこころ」を取り戻す
伝統的マインドフルネス

ご先祖様達の智慧が
現代日本を襲う
「うつ病という脅威」を癒していく


===========
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり・・・
===========

鐘の音は
ゴーン!と鳴って

ゴーン・・ゴーン
・・・・・ゴーン・・

・・・・

消えていく
消えていく。。


私達の頭の中の
「とらわれ」も
鐘の音と同じように

ただ現れ

形作り

力を弱め

やがて
消滅していく

変化・変滅していく・・・



=========
いろはにほへと
ちりぬるを
わかよたれそ
つねならむ
=========


(訳)

花は香って美しい

でもいつか必ず
散っていくんだよ

我は誰ぞ?
常に「我」ではないのに・・

私達の身体も
こころも毎瞬毎瞬
移り変わっている

毎日毎日
毎瞬毎瞬が
新しい人生

執着しても
どうしようもない
「移り変わる現象」に

執着するので
苦しみが生じます

諸行無常(移り変わり)に
身をゆだねていく




これらを「頭の理屈」ではなく、
仏教瞑想で「身体で」分かってきた時

「あること」がみえてきます。

この裏に人生根本からケアする
壮大な思想が隠れています。


私はあの手この手で
講義しますが、

結局は自分で瞑想で
身体で理解しませんと

その「あること」は分かりません。


そう。その「あること」が
理屈を超越し、ストンと落ちた時、

そこが「寛解(かんかい)」ではなく、
「克服」です。


脳科学・心理学、
欧米式マインドフルネスで
たどり着くところは
再発の危険性の高い「寛解」

(つまり一時的な対症療法。
また人生の大嵐に遭遇しますと
心が折れ、うつ病が再発するでしょう)


仏式瞑想でたどり着くところは
「完全克服」です。

寛解と「克服」は違います。




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【2016/06/29 01:36】 | 「欧米式マインドフルネス」で治らない理由
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山中先生へ
E
山中先生こんにちは。

ごぶさたしていますが、いつも楽しみによませてもらっています。

二十数年勤めた会社を、、春に円満退職しました。
これから第二の人生です。ですが、扶養家族がいるのに、現在は失職中。
毎日不安や焦り、今後への希望などいろいろなものが混じりあっています。
そろそろ働かなくては家計が破たんしてしまいます(笑)。先生に出会う前なら
もう自殺しているような状況かもしれません。

今回の記事を拝読して
『「あること」がストンと落ちます』の「あること」ってなんだろうと考えています。

「キラーストレス」は私も興味津々で見ました。面白かったです。
以前先生のブログについていた鈴の音がなつかしい感じがしました。


Re: Eさんへ
ショウセイ
> ごぶさたしていますが、いつも楽しみによませてもらっています。

Eさん。お久しぶりです。


> 二十数年勤めた会社を、、春に円満退職しました。

素晴らしい功徳です。

Eさんのお仕事は、社会貢献度の高いお仕事なので、
社会に与えた良い影響は大きいと思います。


> これから第二の人生です。ですが、扶養家族がいるのに、現在は失職中。
> 毎日不安や焦り、今後への希望などいろいろなものが混じりあっています。
> そろそろ働かなくては家計が破たんしてしまいます(笑)。先生に出会う前なら
> もう自殺しているような状況かもしれません。

人生の苦難な時ほど、実りの多い瞑想ができます。

出家僧のように、キレイなところで、何の悩みも無く瞑想しているより、
俗世の泥にまみれ、その中で瞑想する方が何百倍もの学びがあります。

蓮の花は、泥の中でこそ美しく咲きます。

Eさんは「今、貴い修行をしているんですよ」


> 今回の記事を拝読して
> 『「あること」がストンと落ちます』の
>「あること」ってなんだろうと考えています。

仏教瞑想の世界は「不立文字」といいます。

核心となるところは、
言葉や文字では説明不可能です。

もちろん正しい学習も必要ですが、
もっと大切なのは、日々の瞑想修行により
体験で理解していきます。

正しい作法をもって、日々修練していきますと、
仏教瞑想というものはワインと同じで、
年数を経れば経るほど熟成していき、おいしい瞑想になっていきます。


> 「キラーストレス」は私も興味津々で見ました。面白かったです。

当ブログ。前回と今回のお話は

マスメディアなど、世の中が「こうだ」と言っているものを、
一度違った角度から観るための、お稽古にもなっております。

自身の心も、多角的な視点をもって観察しますと、
「あるもの」が浮き彫りになってきます。


> 以前先生のブログについていた鈴の音がなつかしい感じがしました。

おお。懐かしいですね。
私もお気に入りでした。

あの鈴の音のブログパーツは壊れまして、
また探したのですが見つからず・・


それでは怠ることなく精進を続けてまいりましょう。
Eさんがお幸せでありますように。



E
山中先生へ

 ありがとうございます。

「あること」はそうですね。そういわれるだろうなと思っていました。期待通りのコメントでした(笑)。

「あること」っていう言葉で表現すること自体もちょっとちがうのだろうなという気もしています。
ワインの「おいしさ」を言葉では表現できないように。

まだよくわかっていませんが、理屈っぽくてすみません。。

同感です
オリーブ
ショウセイさま。
いつもブログを拝見しています。
私も初期仏教から入ったので、昨今の、やたらと宗教性を排した、脳科学で実証されたという触れ込みばかりのマインドフルネスにはとても違和感を感じています。
単なる技法や目先の効果ではなく、生きる事の視座の転換が本来のマインドフルネスにはあるのだと思います。そしてそれは仏教哲学抜きにはあり得ません。
私はショウセイさんのような修羅場は経験していませんが、それでもお釈迦さまの言われた苦という事をしみじみと実感する時があります。究極の平安に繋がるものがマインドフルネスにはあるのだと思います。


Re: オリーブさんへ
ショウセイ
> ショウセイさま。
> いつもブログを拝見しています。

オリーブさん。コメントありがとうございます。


> 私も初期仏教から入ったので、昨今の、やたらと宗教性を排した、
脳科学で実証されたという触れ込みばかりのマインドフルネスには
>とても違和感を感じています。

そうですね。今流行の欧米式マインドフルネスは、
非常に合理的なアメリカンな発想ですね。

現代人を説得するには、よい策かと思いますが、
もう少し踏み込んでいきませんと、単なる「瞑想ごっこ」で
終わってしまうかと思います。

瞑想ごっこで、少し気持ちよくなって「治ったつもり」になっていても、
うつ病・神経症の根本のところには届きません。

それはまた、行く先々の人生で、嵐に遭遇しますと
鬱病は再発するでしょう。


初期仏教・上座部仏教というものは、宗教性は限りなく小さく
厳密に言いますと、ほとんど宗教ではなく、
思想・哲学体系に近いものかと思います。

私達は、現代日本に生まれ育ち、
仕事、家庭、学業など様々な、どうしようもない事情があり
出家は出来ません。

ゆえに在俗の立場で、自分の出来る範囲の事をしていこうというのが
私の推奨している道です。

完全に科学(脳科学・心理学)に偏らず、
完全に出家にも偏らず、両極端を離れた「中道」

普通の一市民の立場で、
仏教瞑想を志す「ブディスト」という道です。

当ブログ約950ページは、仏教の立場からでも読めますし、
科学の立場からも読めます。


> 単なる技法や目先の効果ではなく、生きる事の視座の転換が
本来のマインドフルネスにはあるのだと思います。
>そしてそれは仏教哲学抜きにはあり得ません。

仰る通りです。
「人は二度生まれます」

一度目は、まずお母さんのお腹から産まれた時。
二度目は、今までの価値観、考え方で人生に疲れうつ病になり、
瞑想生活をはじめ、新しい生き方・価値観にチェンジした時。

二度目の誕生こそが「本当の人生」かと思います。


> 私はショウセイさんのような修羅場は経験していませんが、
それでもお釈迦さまの言われた苦という事をしみじみと実感する時があります。
>究極の平安に繋がるものがマインドフルネスにはあるのだと思います。

素晴らしいですね。

私はうつ病こそが四聖諦の第一「苦聖諦(苦)」を知る
最短ルートかと思います。
そして、うつ病こそが涅槃への近道かと思います。

この苦が分からないと、この瞑想が
何をやっているのかが分からなくなり

本日のお話のような、脳が!脳が!のような「瞑想ごっこ」になり
究極の平安に繋がらないと思います。

それでは精進を続けてまいりましょう(合掌)


Re: Eさんへ 2
ショウセイ
> 「あること」っていう言葉で表現すること自体もちょっとちがうのだろうなという気もしています。
> ワインの「おいしさ」を言葉では表現できないように。

その通りですね。

仏教経典や聖書は「言葉の表現」で書いてあります。
それは手引書、教科書です。
教科書が無ければ学びようがありません。

当ブログ、講義も言葉の表現です。
これがないと学習できないでしょう。

仏教瞑想の学習は
1、スタマヤーパンニャー(読んで覚えた知識)
2、チンターマヤパンニャー(それを頭で深く理解)

ここで終わってしまうと、
その「あること」は理解できません。

ここに執着してしまうのが
頭でっかちの現代人ですね。

インターネットで少し検索して
「分かったつもりで満足します」

3、バーヴァナマヤパンニャー
ここが「不立文字」です。瞑想実践での真の理解。
ここに至らないと、真のうつ病克服は不可能かと思います。

ですが、3に至るためには
1と2が無いと発展しません。

「不立文字」で戒めているのは
1と2で終わり自己満足してしまう事です。

こんな感じで
修練・学習していくとよいかと思います。


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コメント
この記事へのコメント
山中先生へ
山中先生こんにちは。

ごぶさたしていますが、いつも楽しみによませてもらっています。

二十数年勤めた会社を、、春に円満退職しました。
これから第二の人生です。ですが、扶養家族がいるのに、現在は失職中。
毎日不安や焦り、今後への希望などいろいろなものが混じりあっています。
そろそろ働かなくては家計が破たんしてしまいます(笑)。先生に出会う前なら
もう自殺しているような状況かもしれません。

今回の記事を拝読して
『「あること」がストンと落ちます』の「あること」ってなんだろうと考えています。

「キラーストレス」は私も興味津々で見ました。面白かったです。
以前先生のブログについていた鈴の音がなつかしい感じがしました。
2016/06/29(Wed) 12:30 | URL  | E #-[ 編集]
Re: Eさんへ
> ごぶさたしていますが、いつも楽しみによませてもらっています。

Eさん。お久しぶりです。


> 二十数年勤めた会社を、、春に円満退職しました。

素晴らしい功徳です。

Eさんのお仕事は、社会貢献度の高いお仕事なので、
社会に与えた良い影響は大きいと思います。


> これから第二の人生です。ですが、扶養家族がいるのに、現在は失職中。
> 毎日不安や焦り、今後への希望などいろいろなものが混じりあっています。
> そろそろ働かなくては家計が破たんしてしまいます(笑)。先生に出会う前なら
> もう自殺しているような状況かもしれません。

人生の苦難な時ほど、実りの多い瞑想ができます。

出家僧のように、キレイなところで、何の悩みも無く瞑想しているより、
俗世の泥にまみれ、その中で瞑想する方が何百倍もの学びがあります。

蓮の花は、泥の中でこそ美しく咲きます。

Eさんは「今、貴い修行をしているんですよ」


> 今回の記事を拝読して
> 『「あること」がストンと落ちます』の
>「あること」ってなんだろうと考えています。

仏教瞑想の世界は「不立文字」といいます。

核心となるところは、
言葉や文字では説明不可能です。

もちろん正しい学習も必要ですが、
もっと大切なのは、日々の瞑想修行により
体験で理解していきます。

正しい作法をもって、日々修練していきますと、
仏教瞑想というものはワインと同じで、
年数を経れば経るほど熟成していき、おいしい瞑想になっていきます。


> 「キラーストレス」は私も興味津々で見ました。面白かったです。

当ブログ。前回と今回のお話は

マスメディアなど、世の中が「こうだ」と言っているものを、
一度違った角度から観るための、お稽古にもなっております。

自身の心も、多角的な視点をもって観察しますと、
「あるもの」が浮き彫りになってきます。


> 以前先生のブログについていた鈴の音がなつかしい感じがしました。

おお。懐かしいですね。
私もお気に入りでした。

あの鈴の音のブログパーツは壊れまして、
また探したのですが見つからず・・


それでは怠ることなく精進を続けてまいりましょう。
Eさんがお幸せでありますように。
2016/06/29(Wed) 13:45 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
山中先生へ

 ありがとうございます。

「あること」はそうですね。そういわれるだろうなと思っていました。期待通りのコメントでした(笑)。

「あること」っていう言葉で表現すること自体もちょっとちがうのだろうなという気もしています。
ワインの「おいしさ」を言葉では表現できないように。

まだよくわかっていませんが、理屈っぽくてすみません。。
2016/06/29(Wed) 15:05 | URL  | E #-[ 編集]
同感です
ショウセイさま。
いつもブログを拝見しています。
私も初期仏教から入ったので、昨今の、やたらと宗教性を排した、脳科学で実証されたという触れ込みばかりのマインドフルネスにはとても違和感を感じています。
単なる技法や目先の効果ではなく、生きる事の視座の転換が本来のマインドフルネスにはあるのだと思います。そしてそれは仏教哲学抜きにはあり得ません。
私はショウセイさんのような修羅場は経験していませんが、それでもお釈迦さまの言われた苦という事をしみじみと実感する時があります。究極の平安に繋がるものがマインドフルネスにはあるのだと思います。
2016/06/29(Wed) 21:04 | URL  | オリーブ #lElAeA3I[ 編集]
Re: オリーブさんへ
> ショウセイさま。
> いつもブログを拝見しています。

オリーブさん。コメントありがとうございます。


> 私も初期仏教から入ったので、昨今の、やたらと宗教性を排した、
脳科学で実証されたという触れ込みばかりのマインドフルネスには
>とても違和感を感じています。

そうですね。今流行の欧米式マインドフルネスは、
非常に合理的なアメリカンな発想ですね。

現代人を説得するには、よい策かと思いますが、
もう少し踏み込んでいきませんと、単なる「瞑想ごっこ」で
終わってしまうかと思います。

瞑想ごっこで、少し気持ちよくなって「治ったつもり」になっていても、
うつ病・神経症の根本のところには届きません。

それはまた、行く先々の人生で、嵐に遭遇しますと
鬱病は再発するでしょう。


初期仏教・上座部仏教というものは、宗教性は限りなく小さく
厳密に言いますと、ほとんど宗教ではなく、
思想・哲学体系に近いものかと思います。

私達は、現代日本に生まれ育ち、
仕事、家庭、学業など様々な、どうしようもない事情があり
出家は出来ません。

ゆえに在俗の立場で、自分の出来る範囲の事をしていこうというのが
私の推奨している道です。

完全に科学(脳科学・心理学)に偏らず、
完全に出家にも偏らず、両極端を離れた「中道」

普通の一市民の立場で、
仏教瞑想を志す「ブディスト」という道です。

当ブログ約950ページは、仏教の立場からでも読めますし、
科学の立場からも読めます。


> 単なる技法や目先の効果ではなく、生きる事の視座の転換が
本来のマインドフルネスにはあるのだと思います。
>そしてそれは仏教哲学抜きにはあり得ません。

仰る通りです。
「人は二度生まれます」

一度目は、まずお母さんのお腹から産まれた時。
二度目は、今までの価値観、考え方で人生に疲れうつ病になり、
瞑想生活をはじめ、新しい生き方・価値観にチェンジした時。

二度目の誕生こそが「本当の人生」かと思います。


> 私はショウセイさんのような修羅場は経験していませんが、
それでもお釈迦さまの言われた苦という事をしみじみと実感する時があります。
>究極の平安に繋がるものがマインドフルネスにはあるのだと思います。

素晴らしいですね。

私はうつ病こそが四聖諦の第一「苦聖諦(苦)」を知る
最短ルートかと思います。
そして、うつ病こそが涅槃への近道かと思います。

この苦が分からないと、この瞑想が
何をやっているのかが分からなくなり

本日のお話のような、脳が!脳が!のような「瞑想ごっこ」になり
究極の平安に繋がらないと思います。

それでは精進を続けてまいりましょう(合掌)
2016/06/29(Wed) 23:31 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
Re: Eさんへ 2
> 「あること」っていう言葉で表現すること自体もちょっとちがうのだろうなという気もしています。
> ワインの「おいしさ」を言葉では表現できないように。

その通りですね。

仏教経典や聖書は「言葉の表現」で書いてあります。
それは手引書、教科書です。
教科書が無ければ学びようがありません。

当ブログ、講義も言葉の表現です。
これがないと学習できないでしょう。

仏教瞑想の学習は
1、スタマヤーパンニャー(読んで覚えた知識)
2、チンターマヤパンニャー(それを頭で深く理解)

ここで終わってしまうと、
その「あること」は理解できません。

ここに執着してしまうのが
頭でっかちの現代人ですね。

インターネットで少し検索して
「分かったつもりで満足します」

3、バーヴァナマヤパンニャー
ここが「不立文字」です。瞑想実践での真の理解。
ここに至らないと、真のうつ病克服は不可能かと思います。

ですが、3に至るためには
1と2が無いと発展しません。

「不立文字」で戒めているのは
1と2で終わり自己満足してしまう事です。

こんな感じで
修練・学習していくとよいかと思います。
2016/06/29(Wed) 23:59 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
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