マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
うつ病・神経症(不安障害)
「マインドフルネス仏式瞑想と五輪書」



かの剣豪、宮本武蔵は
晩年、禅の思想に傾倒しました。

奥義の書である「五輪書」に
こんな言葉があります。

宮本武蔵


==========================
~兵法の眼付といふ事~

「眼の付け様は、大きに広く付るなり。
観見の二つあり、観の目つよく、見の目よわく、
遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、兵法の専なり」
==========================

<解説>

今回の解説は、一仏式瞑想家、
心理カウンセラー、

そして元うつ病患者としての
個人的な解釈です。あしからず。

また武芸で言う「空」のとらえ方と、
仏教瞑想の「空」のとらえ方は
若干テイストが違います。

正式な解説が読みたい場合は、
その道の学者先生などの論を
参考にしてください。



さて、前回のお話のように

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-1268.html

私達「人間」を、抽象度が
限りなく上がった視点で観察しますと、

「約60兆個の細胞の塊」
「その60兆個の細胞を分解すると、
素粒子のあぶく(さざ波・粒子)の集合体」

そしてそれは「地球の循環物」であり、
「空(くう)」であります。


科学的に言っても
それはその通りで

まさしく「素粒子のあぶくの集合体」に
間違いありません。


ですが、それはごもっともですが、
一市民、社会人として生活していく上で

「おい。そっちのあぶくさん」
「はい。こっちのあぶくさん」

・・・では、まともな社会生活が
出来なくなります。


ゆえに素粒子のあぶくの集合体に

便宜上「山中さん」「〇〇さん」と、
名札が貼ってあるわけです。


五輪書の
「観の目」とは、ここでいうと、

「素粒子のあぶく(さざ波・粒子)の集合体」
「地球の循環物」である『私という状態』


「見の目」とは

「〇〇さん」「私が」「自分が」などの、
個人の視点。


・私達は「見の目」の時に
視野が狭くなり、
「自我・我・エゴ」が肥大し、
煩悩が暴走しやすく


・対して「観の目」の時に、
「自我・我・エゴ」が緩くなり、小さくなり、
冷静・理性的・客観的な視点になれます。

その時、煩悩は暴走しません。
心が穏やかになる時です。



ですが、先ほどの話のように

それは分かりますが、
社会生活していく上で
ずっと「観の目」でいる事は現実的ではない。


瞑想以外、毎日何もすることが無い、
出家僧なら出来るかもしれませんが、

私達、在俗の瞑想者は
現実的な仕事などがあり、まず不可能。



そこで五輪書の
次のくだりを読んでみましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~
~観の目つよく、見の目よわく~
~~~~~~~~~~~~~~~


マインドフルネス仏式瞑想により
観と見どちらも出来るように
修練していきますが、

・見の目
(自我・我・エゴの視点、「わたし」の視点)を小さめに、

・観の目
(抽象度の高い視点、物事を客観視・俯瞰している視点)
を強めに・・・という比率を

推奨するという事です。


========================
「おまけコラム」

うつ病・神経症者独特の、
「認知の歪み・モノのとらえ方の歪みは
なぜ生じるか?」

昔書きました、
認知行動療法で言う

うつ病・神経症的
「認知の歪み・モノのとらえ方の歪み」


この「見の目」の時に発動します。
↓(認知の歪み:全12話)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-28.html
========================


「見の目」

うつ病で辛い「わたし」
かわいそうな「わたし」

*視野が狭くなり、
迷いの底なし沼にハマりやすい。


「観の目」

人生全体の中の
うつ病というプロセス。

このプロセスを軌道修正するには
「今・何が必要か?」「何を学ぶべきか?」

この「うつ病」という状態は
人生全体の中で

自分の心をバージョンアップさせるために
必要な期間なのでは?



「観の目」

薬物療法は発症したての
急性期や回復期は役に立った。

ですが今、維持期に入って、もう何年も
一進一退で何の進歩もない。
薬物療法の「限界点」が見えた。

薬物療法では、
あと一歩の壁を越えられない。

心理療法を導入し、
あと一歩の壁を乗り越えよう。



「見の目」

なぜ私はいつも、
就職面接で不採用になるのか?

こんな真面目な私を
不採用にするとはけしからん!

私はパワハラ・モラハラなどに遭い続け
転職を続けてきた被害者なのに
こんな「かわいそうな私」を分かってくれない!

上司が悪い、会社が悪い、職場が悪い、
親が悪い、私を受け入れない社会が悪い。



「観の目」

まてよ・・五輪書を思い出そう。

面接受けている自分を客観視し、
面接官の視点だったら、

私に給料を払う、経営者の立場だったら
文句ばっかり言っている私を
雇いたいだろうか?


今まで、会社・職場にクレームばかり言って、
すぐ辞めて、果てしなく転職を続ける私を、

面接官や経営者の立場から観たら
勘ぐられて、煙たがられるのは当然ではないか?

そんなクレーマーみたいな人を
会社に入れてしまったら
後々トラブルの元になり、大変な事になる。


~五輪書・火の巻
「敵になる(相手の視点・立場になる)」~

「見の目(我・エゴ)」を離れ、
相手(雇う側)の視点になってみたら、

わたしは、どう面接に挑めばよいか
理解出来た。これで面接は上手にこなせそうだ。

「もし私が経営者だったら、
客観的に観て、私を雇いたいだろうか?」


「私を雇って!」・・という
依存心(依頼心)、エゴの態度ではなく、

私を雇う事による
(雇いたいと思わせる)
「メリット(ベネフィット)」を
謙虚な姿勢で提示する。

なるほど。武蔵先生。納得。

(ただしここのところは、ブラック企業や
犯罪的な職場は話は別)


などなど・・・
「見の目」と「観の目」の具体例。



マインドフルネス仏式瞑想では

「観の目」を脳科学・心理学理論に基づき
トレーニングしていきます。


うつや神経症
ストレスや悩みの渦中にある時、

スッと「観の目」が出来るよう
修練していきます。


もっと究極を言えば
「空(くう)」なんですが、

一般社会人的に不可能ですので

「見の目」「観の目」の
両方がスッと切り替え可能な状態になるよう
修練していきます。


このように観察力(見と観)が
自由自在になった人の事を

般若心経では
「観自在菩薩」といいます。


元々この五輪書(剣術)の
「観見二眼」の発想は
仏教思想がルーツです。


最後に、五輪書の
~近き所を遠く見ること~


例えば、自分が
手元で行っている作業も

あまりグーッと主観を入れず、
客観的に観察する。


それは「自分の心」も
「頭の中の思考」も観の目で



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【2016/05/27 00:15】 | マインドフルネス心理療法とは?     (技術編)
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