マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
「気分変調症」(気分変調性障害)

(ICD:気分変調症、DSM:気分変調性障害)
*診断基準によって名称が違います。

*森田療法的に言いますと
抑うつ神経症(神経症性うつ病)がこれに当たるかと思います。


厳密な診断基準は
長くなるので今回は書きませんが、

分かりやすく言いますと


大うつ病ほど重くはないが
(大うつ病性障害の診断基準は満たさないが)

「微妙な鬱」が長期的に(2年以上)続く状態です。

病院に行きますと
普通にうつ病と診断されがちかと思います。


またこの気分変調症は
薬が効きづらいケースが多い。

そして「微妙な鬱状態」ですので、
世間から誤解されがちです。


ケースを挙げますと
私自身ブログ内でたまに語っておりますが、

私は小学校の頃から青年期まで、
微妙なうつ状態と自殺念慮を抱え、
毎日うつらうつらしていました。


そして青年期に
極端な大うつ病に移行しました。

*このように気分変調症がベースにあって
大うつ病に移行するような状態を
ダブルデプレッションといいます。


余談ですが、私はさらに
強迫性障害(強迫神経症)も併発し、
確認強迫、妄想・暗示強迫、過度の強迫行為など

かつて、
「心の病の総合商社」のような人間でした。


薬物療法を約5年ほど行ったが
微妙な効き具合で根治に至らず

心理療法(マインドフルネス森田療法)を導入し
1年と少しくらいの期間で
完全回復(克服)に至りました。

マインドフルネスに命を救われました。


その後現在まで
十数年間、再発もありません。
再発するつもりもありません。

寛解ではなく根治というものは、
言葉や文章では表現できません。

寛解状態というものは、患者さん自身
その微妙な状態よく分かるでしょう。

(それは治ったようにみえますが治っていない。
再発の危険性が大きい)


対して、克服・根治というものも
患者さん自身よく分かるでしょう。

寛解は治ったようにみえるが
なにかドロドロしています。

克服はサッパリしています。


何度も言いますが、
「寛解と克服の違い」・・・

これは「仏教の悟りのようなもの」で
言葉や文字では表現できません。


また、うちにいらっしゃるクライエントさんを
カウンセリングしていますと、

病院でうつ病と診断されているが、
気分変調症っぽい方を多々みかけます。


もちろん目に見えぬ精神の病の診断など
「事務的なもの」で、名前などあまり意味がないと思います。

目に見えないものですので、
「学術的に診断名の当てっこ」しても
科学的に立証のしようがないものですので、
正解か不正解か、明確な判断ができません。
無意味です。


大切なのはどんな心理症状でも
「結果生きるのが楽になるかならないか・・」に
重きを置くのが当心理相談所の方針
です。

学術的に診断名を議論したところで
「結果生きるのが楽にならなければ意味がない」


その方法論で
「結果、生きるのが楽になるかならないか」です。

ここが大切なポイントです。
いや。究極を言うと、ここだけでよい。



さて、この気分変調症。

これは長期的かつ薬が効きづらく、
ある意味、一番大変なものかと思います。


これが治るのは
こんなパターンがあります。

====================

①心理療法により完全に治る。

②完全に治りはしないが、
微妙な鬱症状とのお付き合いの仕方を学び
気分変調症と上手に付き合っていく。


この二通り。

====================

*気分変調症は
マインドフルネスと森田療法が
非常に適応する分野です。



まずやっていただきたいのは、
病院の薬物療法に並行し

マインドフルネスや森田療法を導入し、
「上記②」を目指していただきます。

②の状態でも「とても楽になっていきます」から。


②の状態の生活を数年続けていて
気がついたら・・人生振り返ってみたら

・・・いつも間にか、
長年の気分変調症が治っていた。。


という状態が「理想的な治り方」かと思います。


気分変調症は
非常に難治性の心の病です。

仮に②の状態で、根治に至らず
一生送ったとしても

「心理療法をやるのとやらないのでは
全然違います」

(やった方が得かと思います)


②は症状はあるのだが、ずいぶん楽です。

薬のみの療法では得られない安楽です。


------------------------------------

もっと深く言いますと
②の状態に入って、

「治る治らないに白黒つけるのを止め」
「そこに執着するのを止め」

ただ毎日朗らかに生きていますと
①に入りやすいかと思います。

------------------------------------


急がば回れ。

治りたくば、まず②(心理療法的生活)に入り、
日々朗らかに生きていれば

治るときは治るし、治らない時は治らない。
「そんなことはどうでもよくなる」

そんなことよりも、もっと他の事に
人生の価値を置いた方がよいのでは・・・

という発想になり
微妙な心理症状への「とらわれ」が無くなったら

これも「治った」という
一つの形なのではないでしょうか?



禅問答のようになってしまいましたが、

目に見えぬ心の病が「治った」という事は
仏教の悟りと同じで、
科学的に立証のしようのない事です。

「一体、何をもって治った」というのでしょう?


今回のお話の中盤でも言いましたが
「結果、生きるのが楽になったらそれでいい」

私はそれが治ったという事だと思います。



目に見える疾患でしたら明確に
「治った」という形がみえますが

目に見えない心の病が「治った」というのは
何度も言いますが、

まさしく「仏教の悟りのようなもの」なんですね。

立証できないし、周りがどうこう判断するのではなく
本人の問題です。


仮に心理症状が見事に消えたとしても、
光トポグラフィーやfMRIで
脳内の良いデータが出たとしても・・

何か心に「重いどんより」が引っかかっていたら
それは治っていないし、

(たとえば、薬で強引に心理症状を抑え込んで
はい。治りましたよ・・と言われても。。それは「治った」のですか?)


逆に、心理症状の「”ようなもの”」が残っていたとしても
本人がハッピーでしたら、それは治っている。


何が言いたいかといいますと、

本人が生きるのが楽になって
毎日朗らかに生きていければそれでよい。


治る治らないを超越することが
本当に治ったということですよ。

特にこの気分変調症に関しては。

(・・・いや。
心の病全般に言えることかもしれませんね)





心理カウンセリング(コーチング)、心理療法
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http://mindfulness-arugamama.com/mail


【2014/12/08 09:16】 | 気分変調症(気分変調性障害)
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