マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
<マインドフルネス・理論基礎講座の続き>
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-1035.html


~自然に服従し、境遇に従順なれ(森田療法のことば)~


マインドフルネス療法(仏教瞑想法)&森田療法では、
「気分はあまりいじりません」

なぜなら気分というものは、
「自然現象」であり、
毎日の天気・気象と同じだからです。


雨の日もあれば、
晴れの日もある。

それはどうしようも出来ない事で、

それを我(が:エゴ)の都合の良いように
勝手に操作しようとすること自体、おかしなことです。
まず不可能ですので。


もしそれをやりたければ、
病院の処方する、向精神薬で
毎日ぶっ飛んでいた方がよいのではないでしょうか?

*(その状態が定着した状態が、
病院の推奨する「寛解(軽快)」ですよね)


ですが、その状態は本当に
うつ病・神経症「克服」したのですか?


答えはNOですね。

「寛解と克服は違います。全く別物」


私自身もうつ病患者時代、
約5年これをやりました。

そして
「こんなものは、物理的な力で
脳がハイテンションになっているだけで、何の解決にもならない」
と喝破(かっぱ)し、この理論を捨てました。



「向精神薬(物理的な力)で、強引にハイテンションになっている
あなたは一体誰ですか?」

「それは本当のあなたですか?」



そして、そういった迷いの世界から抜け出し
森田療法・マインドフルネスの道に入りました。

うつ病者がとても大切にしている
「気分」というものは

「博打(バクチ)」のようなもので、
ほとんどの場合「ハズレ(気分が悪い)」です。


そしてたまに
「当たり(気分が良い日)」があります。

その当たり日に、必要以上に感情移入し、
それが人生の価値の全てだ!と錯覚します。

しかし、その気分の良い日は続かない、
また気分の悪い日が、自然法則により
「必ず」やってきます。


それに不満を爆発させ、
毎日気分を良くしようと「もがき」ます。

毎日絶好調、
かつ最高のパフォーマンスを出そうと
不可能な「あがき」をします。


不可能な事をやろうとして、叶わない・・・
そしてイヤになり、イライラし、うつ状態。
(まさしくギャンブルと同じ心理です)


日本は梅雨の時期が始まりましたね。

その雨がイヤだからといって
個人のエゴで、排除できるのでしょうか?

不可能です。

雨の日はやってくるし、
晴れの日もやってきます。

その中で私達は生活していきます。


心の雨は、別にうつ病者だけではなく
健常者にも「平等に」あります。

しかし、うつ病、神経症者は
毎日の気分が良い・悪いに
「過剰に神経質」になり


気分の良し悪しに
人生の価値を全て投入するような
ギャンブルのような生き方をします。


対して、健常の方(もしくは、うつ病克服者)は
うつ病者と等しく、気分の良し悪しはありますが、

なぜ鬱病にならないのかと言いますと、
「気分に対する執着が緩いからです」

もちろん少しはありますが、
うつ病・神経症者ほど過剰ではありません。


特に(マインドフルネス・森田療法による)うつ病克服者は、
毎日の気象・自然現象(気分)に
身をゆだねきっております。

そもそも気分に
「絶対的な価値」を置いていませんから

毎日の気分が良かろうが、悪かろうが
どうでもいいことです。


それよりも毎日変動する
「気分はそのままに」

仕事や家事、友人と遊んだり、
趣味を楽しんだりしていきます。


この状態を、禅の言葉で
「日日是好日」(にちにちこれこうじつ)といいます。

十牛図10

「あるがまま」の毎日



もちろん、どん底のうつ病・神経症(不安障害)の方が
この状態に入るには、
「心理学的訓練が必須」なのは言うまでもない。

頭の理屈でこれを分かっても、
「うつ病の修羅場」が来た時
その理屈は全く使えません。


これが小手先の頭の理屈で、
楽してマスターしようとする
現代人の落とし穴かと思います。

これを禅では「不立文字」と言います。


*不立文字:ふりゅうもんじ
物事は(特に心の病の回復は)頭の理屈ではなく、
日々の修練で身体で理解するものですよ・・・という禅語


<続く>

*次回はまとめ。
前回と今回のお話をもっと掘り下げていきます。



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【2014/06/29 08:53】 | マインドフルネス「理論基礎講座」
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E
山中先生へ
いつもたのしみに読ませていただいております。
思考は自然現象。
気分も自然現象。
絶えず移り変っていく。
という先生の言葉を今でもよく思い出します。
そして理屈ではなく、多少は感じられるようになってきたかなと思います。
悟りにはまだまだだと思いますが。
ですが悟りたいともあまり思わなくなってきました。
先生のおかげです。
最近はこれをやれば、何がどうなるという思いもないまま毎日、短時間ですが、朝晩座っています。
今回の記事を読んで、自分の歴史を語られている気がしました(笑)。
同時に、なぜ気分に執着する思考パターンが形成されたのか、なぜ同様なことが他人にも起こっているのかという疑問がわいてきました。自分の場合、誰かに教わったわけでもなく、その覚えもないまましらずしらずこの道に入って苦しみました。苦しんでいる他の方も同様ではないかと思います。それを知ってどうなるものでもないと思いましたが、筆に任せて書かせていただきました。
これからもよろしくご指導くださいませ。

Re: Eさんへ
ショウセイ
Eさん。こんにちは。
お久しぶりです。

> 山中先生へ
> いつもたのしみに読ませていただいております。

ありがとうございます。

> 思考は自然現象。
> 気分も自然現象。
> 絶えず移り変っていく。
> という先生の言葉を今でもよく思い出します。
> そして理屈ではなく、多少は感じられるようになってきたかなと思います。

素晴らしいですね。
特に気分の良し悪しに対する「執着」が緩んでいきますと、
生きるのが楽になり、うつ病・神経症からメキメキ回復していきます。


> 悟りにはまだまだだと思いますが。
> ですが悟りたいともあまり思わなくなってきました。

そうですね。
聖者にならなくてよいです。
それは以下の理由です。
↓(脳の視点から)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-1030.html

「心優しき聖なるチョイワル」を目指しましょう。


> 先生のおかげです。

いえいえ。Eさんの努力のたまものですよ。

> 最近はこれをやれば、何がどうなるという思いもないまま毎日、短時間ですが、朝晩座っています。

そうですね。ただ坐り(只管打坐)
ただの地球を構成する細胞の一つになっていきます。
私達のいのちも自然現象です。


> 今回の記事を読んで、自分の歴史を語られている気がしました(笑)。

うつや神経症の方の多くは、こういったパターンに苦しみます。


> 同時に、なぜ気分に執着する思考パターンが形成されたのか、なぜ同様なことが他人にも起こっているのかという疑問がわいてきました。自分の場合、誰かに教わったわけでもなく、その覚えもないまましらずしらずこの道に入って苦しみました。苦しんでいる他の方も同様ではないかと思います。それを知ってどうなるものでもないと思いましたが、筆に任せて書かせていただきました。
> これからもよろしくご指導くださいませ。

はい。日々のマインドフルネスにより、
「原因(因)+縁=結果(果)」の流れが
綿密に智慧の目で観察できるようになっていきますと

「知らずになってしまった」の
心理学・仏教学的なカラクリも徐々に俯瞰出来てきます。
カラクリが俯瞰できるようになりますと、再発はもうありません。

それが「般若(パンニャー:智慧・深い洞察の目)」です。
日々の仏式瞑想の実践により深まっていきます。
ワインのように熟成してまいります。

その度合いが、一定レベルを超えますと
当カウンセリングでは「心の病の克服」と定義しております。
寛解ではなく「克服」です。

それではこの辺で。

怠ることなく精進を続けてまいりましょう(合掌)
人は死ぬまで、死の瞬間まで「学び」です。



管理人のみ閲覧できます
-


Re: 鍵コメントRさんへ
ショウセイ
Rさん。ありがとうございます。
そうですね。人生は楽しく歩んだ方がよいですからね。

今後も、ただでさえ難しい仏教学や心理学を
みんなでジョークでも言いながら
爆笑して学んでいけるよう頑張ってまいります。

Rさんも頑張ってくださいね。
私も応援しておりますよ。


p.s
おお!さ〇まさんも・・なんですね!


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この記事へのコメント
山中先生へ
いつもたのしみに読ませていただいております。
思考は自然現象。
気分も自然現象。
絶えず移り変っていく。
という先生の言葉を今でもよく思い出します。
そして理屈ではなく、多少は感じられるようになってきたかなと思います。
悟りにはまだまだだと思いますが。
ですが悟りたいともあまり思わなくなってきました。
先生のおかげです。
最近はこれをやれば、何がどうなるという思いもないまま毎日、短時間ですが、朝晩座っています。
今回の記事を読んで、自分の歴史を語られている気がしました(笑)。
同時に、なぜ気分に執着する思考パターンが形成されたのか、なぜ同様なことが他人にも起こっているのかという疑問がわいてきました。自分の場合、誰かに教わったわけでもなく、その覚えもないまましらずしらずこの道に入って苦しみました。苦しんでいる他の方も同様ではないかと思います。それを知ってどうなるものでもないと思いましたが、筆に任せて書かせていただきました。
これからもよろしくご指導くださいませ。
2014/06/29(Sun) 23:07 | URL  | E #-[ 編集]
Re: Eさんへ
Eさん。こんにちは。
お久しぶりです。

> 山中先生へ
> いつもたのしみに読ませていただいております。

ありがとうございます。

> 思考は自然現象。
> 気分も自然現象。
> 絶えず移り変っていく。
> という先生の言葉を今でもよく思い出します。
> そして理屈ではなく、多少は感じられるようになってきたかなと思います。

素晴らしいですね。
特に気分の良し悪しに対する「執着」が緩んでいきますと、
生きるのが楽になり、うつ病・神経症からメキメキ回復していきます。


> 悟りにはまだまだだと思いますが。
> ですが悟りたいともあまり思わなくなってきました。

そうですね。
聖者にならなくてよいです。
それは以下の理由です。
↓(脳の視点から)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-1030.html

「心優しき聖なるチョイワル」を目指しましょう。


> 先生のおかげです。

いえいえ。Eさんの努力のたまものですよ。

> 最近はこれをやれば、何がどうなるという思いもないまま毎日、短時間ですが、朝晩座っています。

そうですね。ただ坐り(只管打坐)
ただの地球を構成する細胞の一つになっていきます。
私達のいのちも自然現象です。


> 今回の記事を読んで、自分の歴史を語られている気がしました(笑)。

うつや神経症の方の多くは、こういったパターンに苦しみます。


> 同時に、なぜ気分に執着する思考パターンが形成されたのか、なぜ同様なことが他人にも起こっているのかという疑問がわいてきました。自分の場合、誰かに教わったわけでもなく、その覚えもないまましらずしらずこの道に入って苦しみました。苦しんでいる他の方も同様ではないかと思います。それを知ってどうなるものでもないと思いましたが、筆に任せて書かせていただきました。
> これからもよろしくご指導くださいませ。

はい。日々のマインドフルネスにより、
「原因(因)+縁=結果(果)」の流れが
綿密に智慧の目で観察できるようになっていきますと

「知らずになってしまった」の
心理学・仏教学的なカラクリも徐々に俯瞰出来てきます。
カラクリが俯瞰できるようになりますと、再発はもうありません。

それが「般若(パンニャー:智慧・深い洞察の目)」です。
日々の仏式瞑想の実践により深まっていきます。
ワインのように熟成してまいります。

その度合いが、一定レベルを超えますと
当カウンセリングでは「心の病の克服」と定義しております。
寛解ではなく「克服」です。

それではこの辺で。

怠ることなく精進を続けてまいりましょう(合掌)
人は死ぬまで、死の瞬間まで「学び」です。

2014/06/30(Mon) 14:17 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/07/01(Tue) 08:55 |   |  #[ 編集]
Re: 鍵コメントRさんへ
Rさん。ありがとうございます。
そうですね。人生は楽しく歩んだ方がよいですからね。

今後も、ただでさえ難しい仏教学や心理学を
みんなでジョークでも言いながら
爆笑して学んでいけるよう頑張ってまいります。

Rさんも頑張ってくださいね。
私も応援しておりますよ。


p.s
おお!さ〇まさんも・・なんですね!
2014/07/01(Tue) 11:34 | URL  | ショウセイ #-[ 編集]
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