マインドフルネス・森田療法を使った、「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング)
西洋の心理学・思想・哲学は
「自我」を、とても大切にします。


しかし、何でもモノは加減で、
自我(我:が)を大切に大切にしすぎますと
行きつく先は、

・おかしなプライドばっかり高くなったり
・どんどん「わがまま」になり、自分が一番偉いと錯覚する。
・自分(自己愛)中心の世界観が固まってしまう・・・など

自我を大切にすればするほど
不満が多くなり、わがままになり、

自分の思い通りにならないとイライラし、
いらぬストレスが溜まり・・
行きつく先はうつ病・神経症(不安障害)になります。


昨今、欧米では
そういった西洋式の心理学や思想に限界を感じ、

東洋式の心理学・思想・哲学が
一大ムーブメントになりつつあります。

その先駆けが、
第三世代の新しい認知行動療法である
仏教哲学から生まれた「マインドフルネス」


そして、わが国に古くからある
メイドインジャパンの心理療法「森田療法」
注目されてきております。


これら東洋的な心理療法、哲学、思想は
西洋とは違い「自我(我)」を緩めていきます。

うつ病の人など、自我でカチンコチンになった
「融通の利かない心」を柔らかくしていきます。


自我に対する執着を緩め「あるがまま」
人間も地球を構成する細胞の一部。
大自然に身をゆだねます。


すると、
どんどん人格が朗らかになり優しくなってきます。

「なんでもかんでも、自我の思い通りにはならない・・」という
「無我」を行動療法を使って理解していくと、


頑固な心がほぐれてきて、自然体になり、
周りをいくぶん許せるようになってきます。


そのような心が育ってきますと、
いらぬストレスが激減します。

結果・・かえって仕事がはかどり能率が上がりますし、
人間関係がうまくいきます。


そうしますと人生の歯車が
新しい良い方向に回転しはじめます。


「なんでもかんでも、自我の思い通りになる!」
また「自我の確立!」という

西洋式のやり方で、治らなかった方は
やり方を変えてみます。


「自我中心の思想」は、
脳が一日中「闘争&逃走状態」

一日中「交感神経」が優位になってしまい、
脳にストレスホルモンが回り始め

脳が一日中ダメージにさらされ
個人個人の耐えられるレッドゾーンを超えますと・・

結果「脳の病気→うつ病」になります。


思想・哲学をチェンジするだけで
脳が正常に戻っていきます。

「自我を確立し、自我を愛し、自我中心で頑張ってきて・・・
うつ病になり疲れてしまったら、
今度は自我(我)のいらないところを、少しずつ捨てていく・・」



うつ病・神経症(不安障害)など
心の病というものは

今までのあなたの生き方では、今後の人生もたないよ・・
という潜在意識からの「ありがたいメッセージ」

ですので
生き方を変える時ではないでしょうか?




当カウンセリング・心理療法の詳しい概要。

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-3.html




【2012/08/16 10:06】 | 自我(我)ってなあに?
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承認待ちコメント
-


Re: minatoさんへ
ショウセイ
> はじめまして。
> 拝読させてもらいました。
> 本文中の
> 今までのあなたの生き方では、今後の人生もたないよ・・
> という潜在意識からの「ありがたいメッセージ」
> ですので
> 生き方を変える時ではないでしょうか?
> という部分に惹かれました。
> ブログをリンクにはらせていただいてよろしいでしょうか

ご丁寧なコメントありがとうございます。

minato様からいただいたコメントに、
メールアドレスが出てしまいますので、
オンライン上、個人情報保護、トラブル防止のため、
コメント削除させていただきます。
ご了承くださいませ。

リンクは商用サイトや宗教サイトでなければ、リンクフリーです。
(文字ばかりのサイトですみません)

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非定型うつ病の特徴の一つ「拒絶過敏性」


これは人のウワサ話や人の評価、
人の目線、拒絶されたくない・・・など

過度に意識するようになり
日常生活に支障が出ている場合
「拒絶過敏性」と言えるかと思います。

特に対人関係で苦しみます。


禅やマインドフルネス。
仏教の智慧でこれを緩やかにしていきましょう。


さて、私達の心が傷つくとき。
それは「自我(我)」が傷つくときです。


では、私達が大切にしている
自我(我)って何なのか?


それは脳で言うならば
過去のデータ、未来の予測・・それら脳内データを
統合し「現在の自分はおそらく、こうだろう」という
「概念やイメージ」が『我(が)』です。

この表現が難しければ、分かりやすくいいますと、
「自分はこういう人間だ!というイメージが自我(我)です」



人はこの脳内で勝手に作った
「自我(我)」が軽んじられると
「腹が立つ」「イライラする」「不安になる」などなど・・・

この脳内で勝手に作り上げた自己イメージを守るために
一生振り回され、ひどい人は鬱病など心の病になります。


脳が勝手に作り上げた幻想なのにね。
本来無いものを勝手に脳内で編集し作り上げ
そんなものを守るために必死になります。




私達は一体
何を守るために必死になっているんですかね?

非定型うつに限らず
鬱病の人は基本的に、おかしなプライドが高い。


ですがそのプライドって一体何なのですかね?
本当に必死に守らなければいけないものなの?

「傷つきやすさ=おかしなプライドの高さ」

*また一見穏やかで、おとなしそうな方でも
傷つきやすい人は
潜在的に「我(おかしなプライド)」が強い。
それを見て見ぬフリしているだけなんですね。
意識、無意識
自分の潜在意識の中の「悪(我)」を
直視する勇気の無い人。



「プチ無我のススメ」

さて、
まず今まで説明しました
心理学的カラクリを
客観的に理解することです。


それで自分の心を苦しませる
「原因」が浮き彫りになりましたね。


それは「自我(我)の執着」です。


次のステップは
その「我(が)」を滅していきましょう。
緩めていきましょう。

しかし、俗世に生きる私達は、
完璧に我は無くなりません。
もしそういったものが所望でしたら
修行で山奥に籠もられるとよいです(笑)


ですが私達は生活があり仕事があります。
俗世を捨てる事はできません。
完璧に我を無くす事はできません。

ですので「我(が)」を『緩める』だけでOK。

プチ無我は、日常生活で出来ます。
それだけで「劇的に」生きるのが楽になります。


その具体策が
マインドフルネス仏式瞑想や禅です。

これだけは
万の言葉を駆使しても、説明する事は出来ません。
ブログで文字で表現することは不可能なんです。


なぜかというと、それは理屈ではなく
身体でやって、坐って、そういう習慣をつけて
初めて分かるものだからです。

大学の仏教学の講義のように
ノートをとって分かる世界では無いんですね。

これを禅の世界では
「不立文字(ふりゅうもんじ)」といいます。


ですので当サイトは
ここの核心の部分が
モヤがかかっているようになっているんですね。

よくメールフォームで問い合わせがあります。

読者:「サイトを興味深く、全部読みました!具体策を教えてください」
山中:「はい。じゃ一緒に坐りましょう」


理論だけでなんとかしようとしますと
永遠に鬱病など心の病は治りません。

コツと技をプログラムで伝えていきますので
「ひとすわり、ひとすわり」


身体で実際やってみる。
頭でなんとかしようとせず、まず行動です。


RPGゲームのように
心がレベルアップしていくのが楽しくなります。

心の筋肉がついて
ストレス耐性がついてくるのが
楽しくなってきます。

「人間関係が楽になってきます」
「生きるのが楽になってきます」



「私なんか生まれてこなけりゃよかった・・」と思う人

仏式瞑想は、
たとえ人生が、どんなに恵まれない境遇でも
毎日が幸せになる魔法(合掌)


↓山中ショウセイのカウンセリング・心理療法
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-3.html

蓮2

蓮の花は

泥の中でこそ美しく咲く

悟りの花



【2012/08/18 09:48】 | 自我(我)ってなあに?
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無我
あお
参考になりました。

あるがままで、日々、過ごせるように、積み重ねていきます。

ありがとうございます。m(_ _)m(^-^)

Re: あおさんへ
ショウセイ
ごめんね。
ちょっと難しかったかなi-229

それではまた。
あるがままでいきましょう(^-^)


コメントを閉じる▲
マインドフルネスという心理療法は

仏教哲学や禅の思想がベースにある
特殊なジャンルの心理療法です。

*(心理臨床の世界では、第三世代の
新しいタイプの認知行動療法と位置付けされております)


一般的な「いわゆる」心理療法とは
全く違った角度から入っていきます。

ゆえに、「いわゆる」心理療法で治らなかった方が
回復していくケースも多々あります。


さて、
この心理療法がターゲットにするのは「我(が)」です。
↓(詳しい説明は過去のテキスト参照。全14話)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-66.html


分かりやすく言いますと
歪んだ自己愛や
おかしなプライドなどのこと。


例えば、会社で少し注意されただけでカッとなり
職場を転々としたり、

我(尊大なる歪んだ自己イメージ)が強すぎて
現実に適応できず、
どこの環境に行っても馴染めず、
トラブルを起こしたりします。


そういったパターンを繰り返し、
社会生活に馴染めず、やがて疲れ果て、
うつ病や神経症などの症状(サイン)を出します。

表面上の心理症状を除去しても
潜在意識レベルに、これ(我:が)が引っかかっていますと
人生の中で何度も、うつや神経症症状が顔を出します。



ですが・・・

かといって、私達一般人は
出家僧や聖者ではありませんから
「完璧な無我」にはなれませんし、ならなくてよい。


実際、社会生活していましたら
完璧な無我では仕事が出来ません。

(例えば、仏陀みたいな人が
車の営業マンやっていたら、車売れないでしょうに・・)

おかしなプライド(歪んだ自己愛の防衛)ではなく、
職人のよいプライド(誇り)なども、業務上必要です。
(これも加減の問題ですが)



確かに我(が)が
心の病(生き辛さ)の根本原因ですが、

パーフェクトな無我ではなく、

『我はあってもよいが、
「うつ病・神経症にならないレベルまで」
我が緩まればOK』


我はあってもよいが、
社会生活に支障のないレベルまで
緩まれば問題なし。

それで「結果、うつ病・神経症にならず」
普通に社会生活できれば正解かと思います。




もしパーフェクトな無我になりたかったら話は別。
出家して一生、
山にでも籠った方がよいかと思います。

(そういった生き方も否定はしませんが、
そういった一般人が不可能な理論は役に立たない)


「無我ではなく、我執をゆるめる」という事です。
(我に対する「執着」のこと)

出家僧のように、ストイックな無我ではなく、
「ゆるくプチ無我」くらいでよいかと思います。


その人、個人個人の我の「閾値(いきち)」
レッドゾーンがあります。

これを超えるレベルまで「我(が)が肥大」しますと
うつ病・神経症が発動します。



したがって、
その人の心の閾値を超えないレベルまで
我執を緩めていきますと、

生きるのが楽になり

心の病が治っていきます。


仏教哲学では

「一旦、自我(我)を確立し、その虚しさを知ったら
自我の要らない所を少しずつ捨てていく」

荷物(我:が)を少しずつ捨てていきますと
人生が軽くなっていき、

一定の量まで軽くなると(人それぞれの閾値があります)
精神の病が治っていきます。



ここが「自我(アイデンティティー)の確立」などを目指す
西洋式の方法論(カウンセリング手法など)とは真逆ですね。

また科学的に実証不可能な、
スピリチュアル的なものに対する、極端な執着も
結果的に心の病になる方もみえます。


そういった要らないものを
一つずつ捨てていく心理技術が
仏教哲学(伝統的マインドフルネス)の方法論です。

西洋哲学系の心理療法などで良くならない方は、

それとは違った角度(方法論)から入っていくのも
一つの手かと思います。


*逆に今、世界ではこういった「東洋(仏教哲学)系の心理療法」
(伝統的マインドフルネス、森田療法、内観など)が
注目されてきているのが、面白い現象ですね。

心理臨床の学術的な世界でも、
こういったムーブメントが起きてきております。

うつ病に対する
新しい全くアプローチです。




当心理カウンセリング(コーチング)・心理療法
お問い合わせ・申し込みはコチラからどうぞ。

http://mindfulness-arugamama.com/



【2012/10/10 09:54】 | 自我(我)ってなあに?
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自分自身の「我(が)」が強く、
周囲との摩擦に苦しむ・・

そこで
「プチ無我」のススメ


さて、自我、エゴ、我(が)・・・
と呼ばれるものがあります。


しかし
私が私が・・と、

大切にしている「自我(我:が)」

もしも脳が作り上げた
単なる幻想(自己イメージ)だったら
どうしましょうか?


私たちは何を守るために
嫉妬し、恨み、怒り、絶望し、
イライラするんでしょう。

それは、実体のない
・「幻想の自己イメージ」を守るために・・
・「幻想の自己イメージ」が傷つかないように・・・


自我(我)という
脳が勝手に作り上げた自己イメージに
過剰に執着すると

ストレスが溜まりやすくなり
「うつ病」になります。
(我執の病理)

自我(我)という
単なる脳が作り上げた自己イメージを
「緩める」と生きるのが楽になります。



目をつむってみて・・・

呼吸を整えて・・


私が、私が・・・
「我(が)」という、
一生懸命しがみついている
幻想の自己イメージを


「消してみよう」・・・・


・・・無我・・


・・・



「廓然無聖!」(かくねんむしょう)

*達磨大師のことば
~雲一つ無い、カラリと晴れた青空~

廓然無聖


哲学者デカルトは、こう言いました。
「われ思うゆえに、われあり」・・・と

しかし、もう一歩踏み込むと

その「われ」も
瞬間瞬間、変化・変滅している
刹那的なもの
執着するに値しないもの


「わかよたれそ、つねならむ」
(いろはうた)

*我は常に我ではなく、常に変化・変滅している。
それは肉体も精神も。
そんな我は一体何なのでしょうね?


一生懸命大切にしている「われ」

しがみついて執着していても
毎瞬毎瞬、変化していく

今の「われ」は、
次の瞬間、もう過去のもの・・



しがみついても、
しがみつけないものに、

「しがみつこうとすることに」
矛盾が生じ、苦しくなります・・


おかしなプライド

頭の中で勝手に捏造した
尊大な自己イメージ・・・

仏式瞑想(マインドフルネス)を使って、
「そんな幻を、いっそ手放してみます」



慢性的な
うつ病・神経症が楽になる妙法にて。


・・・ただ、

俗世に生きる私たちは、
完全に「我(が)」を
消滅させる事は出来ませんので

個人個人の
病気にならないレベルまで、

「我」を少し緩めるだけで
抜群に、生きるのが楽になります。




【2012/10/11 15:32】 | 自我(我)ってなあに?
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「自我(我)が苦しみの元」


うつ病の人は、
こんな思考になりがちです。

「私はなんて情けないんだ・・」
「あぁ、生きているのが恥ずかしい・・消えてしまいたい」

自我(我)に固執していますと
こういった発想になっていきます。


完璧であるはず、
なんでもできるはず、
もっと偉い、尊敬されるはずの自分が・・
現実は案外しょぼい

そのギャップに耐えられず
自分を他人を破壊したくなる

*また、普段は謙虚に振る舞っていても、
これらのものが「潜在意識下」に抑圧されている人も同様


「自我、我(が)」とは「自己イメージ」

「私は愛されるはず」・・・という自己イメージ
「完璧(優秀)であるはずの自分」・・・という自己イメージ

脳内で勝手に編集した
自己イメージが傷つきますと

うつ病になります。


自己イメージという
自分に対する勝手なレッテル

そんなものは
元々空想上のものであって
存在しないんですね。

自己イメージという「妄想、幻想」


元々無い物を
勝手に頭で捏造し

それに勝手に執着して
自ら苦しんでいきます


我(が)に対する執着の度合い
苦しみの度合いです。


我に執着すれば
苦しくなる

我の執着を緩めれば
楽になり朗らかになる


「無我」

まずは、コップに入った
濁ったお茶(我:自己イメージ)を捨ててしまいましょう


真の自由なココロ



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【2012/12/13 20:15】 | 自我(我)ってなあに?
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「自我は名札のようなもの」


私達の身体は、細かく細かくしていきますと
骨や肉・・細胞・・・分子、原子・・・
もっとミクロにしていきますと「素粒子」になります。

つまり私達の身体は
現れては消える・・・
「素粒子のあぶくの集合体」なんですね。


心、自我は
自分はこんな感じだろう・・といった
頭で作った自己イメージ。

もっというならば
特定パターンの電気信号が流れる
ニューロン(脳神経細胞)の群れ。


これらのものに不便なので
便宜上、名札を付けたのが
自我(我:が)、「わたし」です。

そして自我はミクロなレベルで
毎瞬毎瞬、変化変滅し移り変わっています。

科学的に厳密に言うならば
確固たる実体が無い。


仏教学(般若心経)で言うならば
「照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)」

*このような身体と心の集まり(人間)を
「五蘊(ごうん)」と言います。
しかし、五蘊など空(くう)である。
毎瞬移ろいでいる実体のないもの。
「わたし達」は移ろいでいく「プロセス」である。



さて、私達は、
そんなイメージ上の(偉いはずの、かわいいはずの、優秀なはずの・・)自分が
害されますと、怒ったり悲しんだりします。


その実体のない自己イメージに対する
「執着」が強ければ強いほど、
うつ病・神経症など「心の病」になります。


逆に「自我(我)」への執着を、緩めれば緩めるほど
心の病が治ってきます。



人はこの科学的、心理学的事実を認めたくなくて
あらゆる手段で「自我」を飾りたてます。

かわいそうな自分、美しい自分、賢い自分、
悲劇の自分、優遇されるべき自分・・・

その自己イメージの自分が強ければ強いほど
「おかしなプライド、自己愛」ばっかり高くなって
どんどん生きるのが辛くなってきます。


挙句の果てには
うつ病・神経症・パニック障害・摂食障害・・・
など心の病になります。


自我(我)という幻など

「丸めて、まんじゅうにして
茶飲んで食うてしまえ」

円相
*(これ食ふて、茶のめ : 禅僧、仙厓の書)


「自分で自分を不自由にしている私達」


・・・もちろん私達は仏陀のように、
完全に「無我」にはなれないけれど、

苦しみの正体「我(が)」少し緩めるだけで
生きるのが楽になっていきます



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【2013/02/06 07:26】 | 自我(我)ってなあに?
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「無我」
仏式瞑想・坐禅の究極の目的


・・・しかし、俗人である私達は
ホントに「無我」に至る事が出来るのでしょうか?

答えはNOです。


もし本当に完璧に無我を目指すのであれば
一生、山にでも籠ってください(笑)

私達は、それは無理です。
それは現実的ではない。
一般人は仕事・家庭・学校など社会生活があります。


じゃ、お釈迦さんは
一般の人達に、何の役にも立たない学問を作ったのか・・?

それもNOです。


私達、俗人は「無我」に至るのは無理ですが、

カチンコチンに凝り固まった
「我(が)」を少し緩めるだけで


心の病が治り、
生きるのが、ものすごく楽になるという事。



我(が)が作り出す「毒」
「おかしなプライド・思考の融通の利かなさ・頭の固さ・
頑固さ・偏屈な自己愛など・・・」


これらに「執着」すればするほど
人生が不自由になり、

これらが「人生の手かせ、足かせ」になり
私達をみえない幻の鎖で縛ります。

その行きつく果てが「心の病」である。


ですが、私達は山に籠る仙人じゃないんですから
多少の「我」が無いと業務に支障が出ます。

プライドなんかもそうですね。


おかしな偏屈なプライドは、人生に不幸をもたらしますが、
本当に業務に役に立てたい、仕事に活かしたいプライドは
日常生活で役に立ちます。

そのプライドは、
・偏屈な「我」から出たのか
・「菩提心」から出たのか、

厳密に精密に分類することです。


いいや。
「私は清らかで菩提心から出ました!」・・と言っても

瞑想で深く深く観察しますと、
実は「汚い我」が引っかかっていたり。。

それが心の病理の原因だったり・・
意識、無意識

瞑想により、潜在意識の
かなり深いところまで「炙り出します」

見たくなかった、
見て見ぬフリしていた自分の
「本当のココロ」を炙り出します。


「我」を整理整頓するという事です。
そして、いらないものは
さっさと粗大ゴミに捨てます(笑)


また、

じゃ「我(が)」を緩めていきますと
行きつく果ては・・

何にも感動せず、無感情、機械のような、
「家政婦のミタ」になってしまうのでしょうか?

それもNOです。


仏式瞑想や坐禅を真面目にコツコツ行っている人は
「底抜けに明るくポジティブになり、
ユーモアでパワフル・ダイナミック」
な人間になっていきます。

心の病で暗く沈んだ人生が
180度逆転します。

人生の9回ウラ、ツーアウトで、
逆転サヨナラホームラン。


お釈迦さんの学問は、
形而上学的な机上の空論や

立証不可能な非科学的な信仰ではなく
「現実的・科学的」

具体的な、うつ病・神経症の治し方や
具体的なストレス対処法。


それらが欧米の精神医学・心理臨床に組み込まれ、
横文字になり「マインドフルネス」になりました。


欧米では
「旧来型の認知行動療法ではなく」
「認知行動療法の新しい流れ」として
爆発的に広がっています。

マインドフルネスは仏教から生まれた
科学的な新しい心理療法です。


西洋式の「いわゆる現代心理学」に行き詰まり、
出るべくして出た・・と言っても過言ではありませんね



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【2013/02/21 06:14】 | 自我(我)ってなあに?
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「病院で治らなかったんです」

そうですか。


「カウンセリングでもよくなりませんでした」

おお。そうですか。


「〇〇療法でもよくなりません」

なるほど。そうですか。


はい。
おそらく、これが原因かもしれませんね。
↓(我が心の本当の病理)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-66.html



この「我(が)」という病巣は、
薬も一般的な西洋式カウンセリングも効きません

「私は偉いはずだ」
「私は頭がいいはずだ」
「私は愛されるべき人間だ」
「私に対し、その無礼な態度はなんですか」
「私が望めば、皆が私を助けてくれるはずだ」

などなど・・・

これらが「我(が)」という心の病巣です。


脳の中で勝手に作り上げた
尊大な自己イメージ。
おかしなプライド。

そして現実(事実)の自分は、案外ショボく、
現実と自己イメージの間で苦しみ葛藤する。


特に鬱の方は、
これが引っかかっているケースが多い。


もっとやっかいなのは、
これらが「潜在意識下に抑圧」されているパターン。

「いい人そうにみえる偽善者」
「もしくはいい人ぶっている人」が
実は一番病んでいます。

深層心理に
抑圧されているモノに気付いていません。
意識、無意識2

もしくは、本当は気付いているのだけど
見ようとしない。見て見ぬフリ。
臭い物にはフタをする。

実際そういった人は、
何らかの心の病を持っている方が多い。



この「我(が)」という病理に対する特効薬は、
お釈迦さんが作られた妙薬。具体的な行動療法

「仏式瞑想」(マインドフルネスや禅)です。

自分で自分を生きづらくしている
「とらわれ」がどんどん緩んできます。


・・ただ、私達俗人は、
完璧に無我にはなれません。


完璧に無我になってしまったら、日常業務が出来ません。

現実的でないものは、やらないほうがよいです。
私達は仕事や家庭、社会生活がありますので。


~「ちょい悪(ワル)のススメ」~


心のトラブルを抱えている方は、
「我を少し緩める」だけでOK。


別に、いい人にならなくてよいですし、
無我にならなくてもよいです。

上記のカラクリを知った上で
「ちょい悪(ワル)」くらいでOKかと思います。



・・・すると、
どんなカウンセリングや病院でも治らなかった人の、
心の病がメキメキ回復してきます。


東洋の伝統的マインドフルネス(西洋式のマインドフルネスとは違います)や
禅カウンセリングは、
病院などで行っている「いわゆる」西洋式カウンセリングと、
全く違った角度、方法論から入っていきます。


「マインドフルネス心理療法・森田療法」が、

病院やカウンセリング、各種セラピーを遍歴された方の
「終着駅」になるとよいですね。



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【2013/05/30 05:50】 | 自我(我)ってなあに?
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たとえば巷でよくありがちな
「コテコテの西洋式哲学」に立脚したセラピーや心理療法、
また自己啓発訓練は
こんな感じではないでしょうか?


「自分は成功者だと強烈に思いこむ」
「お金持ちになって成功した自分をイメージし、それと一体化する」
「頭の中で成功している自己イメージをする!」
「気分のよい状態のみが良い人生。そういったイメージ訓練をする」
「もっともっと!何でも出来ているスーパーマンのような自己イメージ」など・・


・・・心の病の皆様は、
今まで、こういった西洋式哲学に立脚した考えに疲れ果て、
うつ病や神経症になったのではないでしょうか?



こういった、巷でよくあるセラピーを
真逆の立場である「東洋式哲学」の立場に基づいた
仏式カウンセリング・セラピーの視点から考察します。

まず上記のようなイメージが強烈であればあるほど、
逆に「心の病が悪くなります」



なぜなら、いくら上記のようなイメージをしたところで
「今、現実の自分はショボいからである」


つまり、そういったイメージは「事実情報」ではない。
脳が現実とウソの区別がつかなくなっていく。


これらのような弊害が生じるかもしれませんね。


① そういったイメージ訓練をすればするほど・・・
脳が事実情報を誤認し、「誤作動」を起こしやすくなり、
行きつく先は、日常の中で「うっかりミス」や
「仕事でのポカミス」が起こりやすくなるかと思います。

② また、上記のようなイメージは
事実情報ではない事を処理しようとしますから、
「脳の情報処理」に余計な負担がかかります。
「ウソは脳が情報処理するのに一番疲れます」

③ 冒頭のようなイメージをすることにより、
都合よくイヤな自分から目をそらし、逃げることが出来る。
(おかしな宗教のマントラや呪文もその典型ですね)
しかし、それは目をそらしただけで、問題は依然として「そこにある」
何の問題解決にもなっていない。
そのおかしな心理防衛を止めない限り、
ずっと問題は潜在意識にこびりつき、一生ついて回ります。

④ 冒頭のようなイメージを強くしていきますと、
心の病の根本原因「我(が)」がどんどん肥大し、
「自分は偉くなったと錯覚」します。

ですが・・現実の自分は、それほど大したことない。
理想と現実の、あまりにも乖離(かいり)したギャップに耐え切れず、
悶々とし、各種心理症状が出てきます。

また、頭の中の「万能の自己メージ」が捨てられず、
そんなくだらない「頭の中で捏造した」幻想の自分(我:自我)を守るため
おかしなプライドばっかり高くなり
毎日、無駄に精神的に疲れ果てます。


①~④により
ストレス脳になっていき、
ストレスの溜まりやすい方
心の病の方には、かえって悪影響」
かと思います。

こういったものの弊害について、
もっと深く切り込んで、心理学的に解説いたします。

また、こういった類のもので余計悪くなってしまった方に
「解決策」を提示していきます。


<続く>


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【2013/06/03 05:32】 | 自我(我)ってなあに?
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さて、前回のお話の、
「巷でよくありがちな西洋式哲学に基づいた
自己啓発訓練や心理療法・セラピー」

たとえば、
「自分は成功者だと強烈に思いこむ」
「お金持ちになって成功した自分をイメージし、それと一体化する」
「頭の中で成功している自己イメージをする!」
「気分のよい状態のみが良い人生。そういったイメージ訓練をする」
「もっともっと!何でも出来ているスーパーマンのような自己イメージ」など・・


こういった主旨の心理療法や
よくありがちな自己啓発訓練。。


なぜ、こういった「コテコテの西洋式哲学の」
セラピーや心理療法で、心の病がよくならないのか?は、
(むしろ余計ひどくなる?)

まず、冒頭のような西洋式の思い込みは、
心理学的に言いますと「自己否定」です。

「現在、現実、リアルの自分」を排除してしまっている。


ですが「現在、現実、リアルの自分」を排除しようと”もがいても”
依然として「ショボい自分」はここにいます。



それが「事実」です。
それが「リアル」です。
それが「純然たる現実」です。

無理な事をやろうとするから
「矛盾」が生じ疲れ果てます。


また「今のショボい自分は見たくない!認めたくない!」と、
一生懸命もがいて「回避」している。

これは一種の「悪い心理防衛」です。

これをやればやるほど、
うつ病・神経症地獄にハマっていきます。


こういった「回避」をやって、
「うまくストレス処理したように錯覚していますが」
実は、余計心の問題を複雑にしています。

現実の自分を潜在意識の奥底に封印し
「抑圧」してしまいます。
意識、無意識2

しかし、抑圧された「現実」は
時間を置いて再び「意識」の世界に浮かび上がってきます。
意識、無意識3

この状態が様々な各種心理症状です。



・・また別の視点で言いますと、
頭の中では「万能のはずの自分」が
現実の職場・日常では、それほど大したことが出来ない。
むしろ失敗ばかり。

すると脳内自己イメージと、
現実世界のギャップについていけず、

「なんでやねん!!」
「私の人生、こんなはずじゃない!!」・・と、
謎の怒りが生じます。不安・恐怖が生じます。
焦り・焦燥感が生じます。



「愛されるはずの自分、尊重されるべき尊大な自分」が
現実・リアルでは怒られてばかり、愛されない、
それほど周りからもてはやされない・・・

すると「私に対し、その態度はなんだね!」・・・と、
謎のイライラが生じます。おかしなプライドにしがみつきます。
心の病の方が、現実の自分にイライラし
クレーマー的になるケースもまれにありますが、
ほとんどの場合はこれです。


・・・こういったコテコテの西洋式の心理療法が
やってしまいがちな「心理学的過ち」

こういった類のもので、
余計心の病が悪くなっているケースに対し、
どうすればよいのでしょうか?


はい。解決策はあります。

では、
東洋式の心理療法は、この問題に対してどうするのか?

*東洋式哲学が背景にある心理療法:
伝統的なマインドフルネス、禅カウンセリング、森田療法など。


<続く>


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【2013/06/05 05:26】 | 自我(我)ってなあに?
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承認待ちコメント
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Re: ダニーさんへ
ショウセイ
コメントありがとうございます。

> とても参考になります。
> 今の自分を否定する必要もない、
> という事でしょうか。

はい。続きは次の第三部でお話しします。

コメントを閉じる▲
「うつ病・神経症・・・そして回復へ」
~回復への王道~


前回までのお話は、

「自分は成功者だと強烈に思いこむ」
「お金持ちになって成功した自分をイメージし、それと一体化する」
「頭の中で成功している自己イメージをする!」
「気分のよい状態のみが良い人生。そういったイメージ訓練をする」
「もっともっと!何でも出来ているスーパーマンのような自己イメージ」など・・

こういったコテコテの西洋式哲学に立脚した
心理療法、自己啓発訓練、セラピーで
心の病の方が余計悪くなっているケース。

また、こういったものの問題点・弊害について語りました。
(詳しく解説しておりますので、こちらを参照してください)
↓「1」
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-821.html
↓「2」
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-823.html


では、
東洋式の心理療法は、この問題に対してどうするのか?

*東洋式哲学が背景にある心理療法:
伝統的なマインドフルネス、禅カウンセリング、森田療法など。


それは、まず「無為自然(むいしぜん)」
「ゆるーく脱力系」である。


具体的に言いますと、
「今、現在、ショボい自分も”あるがまま”受け入れる」
「今、現在の自分に対し、なるべく正直でいること」

「万能のウソの自己イメージ(我:が)を、さっさと捨て去ること」
*(潜在意識下に、こびりついた我も捨て去ります)


『コップに入った濁ったお茶を、まず全部捨てる』


すると前回の「いわゆる」西洋式哲学とは真逆で

もう「万能のおかしな自己イメージ」や、
「薄っぺらいウソのプライド(我)」がないので、

「もう守るべきものが無い」(無我:無為自然)

究極の自由な心になり、究極の安らぎが訪れ、
人生の手かせ足かせが外れ、楽になったところで、
「さて、今から何をしようか」・・・


十牛図10
(十牛図より)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-27.html


最高の「本当の学ぶ態度」
「仕事に臨む姿勢」が完成します。


その状態で日常業務に入りますと、
不思議な事が起こります。

脳のモードが
「あるがまま」の現実の情報処理の状態になり、
負担が軽くなりますので、
情報処理(特に感情への)がサクサク進みます。


・仕事のミスが激減する。
・おかしな余計なストレスが溜まらなくなる。
・何か・・心と身体が軽い(うつ病、独特の鉛様麻痺からの解放)
軽安覚支(きょうあんかくし)といいます。
・結果、仕事や勉強の能率が上がる。

かえってこちらの方が、
早く良い結果が得られるかもしれませんね。
「急がば回れ」


人は「ほしい、ほしい!」とガツガツすると
余計、望む結果は逃げていきます。

身近な例で言いますと
不眠症の傾向のある人が、
「眠ろう眠ろう・・としますと、かえって眠れなくなるでしょう?」

逆に
「仏式瞑想・禅、勉強、読書などして、眠らない!という態度をしますと
すぐに眠くなります(笑)」

これを「逆対応」といいます。


もちろん、サイト内で何度も言いますが、
こういったことを「頭の理屈」だけで理解しようとしますと、
↓このようなことが起こってしまいます。
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-815.html


こういったことを頭で理解しましたら、
心理学的理論に適った「具体的、行動療法」

実際、身体でトレーニングしないと身に付きませんし、
うつや神経症症状が出た時に「全く対応できません」



最後に、誤解の無いように
いわゆる西洋式の心理療法や自己啓発訓練をフォローしますと、
ああいった類のものは
「健常者の自己啓発や夢の実現のため」には良いのではないでしょうか。

しかし「心の病には通用しません」
(現実の話。うつや神経症から回復しないでしょう?)

また「根源的なストレス対処」にはならないという事。


3部作のお話、ここで終わります。
最後までお読みいただきありがとうございました。

これらのお話は、あくまで「一つの視点」です。
世の中には様々な思想や視点・心理療法・セラピーがあります。

自分に合った理論を参考にし
選択されるとよいかと思います。


皆様の心の問題、心の病が解消され
よりよい人生を送られんことをお祈りしております(合掌)


心理カウンセラー・仏式セラピスト
山中紹聖


当カウンセリング・心理療法の詳しい説明

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-3.html

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【2013/06/06 17:24】 | 自我(我)ってなあに?
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「うつ病・神経症・不安障害の本当の原因」
~プチ無我のススメ~


潜在意識の中で

自分は偉いはずだ
自分は愛されるはずだ
自分は優秀なはずだ
自分は賢いはずだ・・・など

「自分はこうだ!」という「自己イメージ」が強いと
傷つきやすく、心の病になりやすい。



そして、こんなものを守るために
一日のエネルギーのほとんどを
無駄に使い果たします。

この「自己イメージ」という「脳が作り出した幻想」こそが
心の病の元凶「自我(我:が)」です。


西洋式の心理学・思想・哲学などは
この「自我」を確立していきます。

今までの私達は
この影響をモロに受けてきました。

そして現代になり
「自我を確立すればするほど、不自由になり
心の苦しみが増えるのはなぜでしょうか?」

という問いにたどり着きました。

街に職場に・・・溢れかえるうつ病患者。
(近年うつ病が、国民の五大疾病の一つに組み込まれました)


自分(自我)という幻想に執着すればするほど

「自己イメージと違った評価を受けると
不快な気分になったり」

「自己イメージが害されると怒ったり、
ストレスが溜まったり」

「自己イメージの思い通りにならないと
イライラしたり」


特に神経症やうつ病の方は
この「自己イメージに対する執着が過剰なケース」が多い。

こういった方の人生の苦しみの「ほとんどが」
このような「不必要な」苦しみ


*ちなみに、こういったことによる、
ストレス反応が積み重なり
やがて慢性的ストレス脳になり、

個人個人の耐えうる閾値(いきち)を超えると

脳の病気になり、

うつ病など各種心の病が発症します。



さて、この
「自己イメージ」って何なのでしょうか?

元々無いものを、頭の中で勝手に作り上げ
そして、うつ病になってまで
大切にすべきものなのでしょうか?


この自己イメージが強くなると
・おかしなプライドの高さ
・思考の柔軟性がなく融通の利かなさ
・モノのとらえ方のゆがみ(認知の歪み)
などなど。

まさしく、うつ・神経症になる要素満載
パーソナリティが完成します。



そして病院に行きますと、こういった苦しみから
一旦、目を背けるにちょうどよい道具・・・
「抗うつ薬・抗不安薬」をたくさんもらえます。

・・・しかし、それは虚しい。

根本解決にはならないし、
依存症になってしまうケースもある。


対して
マインドフルネスや森田療法など
東洋的な心理(精神)療法は
西洋式のものとは、全く異質なアプローチをとります。

「ある程度自我を確立し、虚しさを身体で知ったら、
今度は自我(我)の要らない所を捨てていきます」



すると
今までカチンコチンだった心。
おかしなプライドで武装してた心。
視野が狭く凝り固まった思考・・・が

ボロボロと崩壊していき、溶け出していきます。


今までの人生で経験したことのない、
水の如き柔軟で、本当の自由な心が現れます。

すると、逆に仕事の能率が上がり、
毎日がどうあろうと朗らかになり、

まさしく、うつ病や神経症・不安障害と
無縁の状態に突入します。



このマインドフルネスという心理療法のルーツは、
はるか2600年前、
お釈迦様がつくられた方法論(原始仏教)が背景にあります。

私達日本人には、
今までのコテコテの「西洋キリスト教圏」の
心理療法より(来談者中心療法、NLPなど)

東洋仏教圏の思想背景のある
心理療法の方が馴染みやすいかと思います。
(日本人の潜在意識、DNAには
悠久の歴史の中で、仏教的世界観が染み込んでいます)


またこのマインドフルネスという「東洋式心理療法」が
キリスト教圏のアメリカやイギリスで
「認知行動療法の次世代型として」
爆発的に広がっているのも特筆すべきところですね。

今までキリスト教圏の「いわゆる」心理療法に行き詰った
アメリカ人の智慧かと思います。

*実際、当カウンセリングは
海外からスカイプカウンセリングの依頼もあります。
(海外から当ブログを読まれている、
日本語堪能な外国人の皆様や、海外在住の日本人)

その方達に聞きましたが、実際そういった
ムーブメントが起きているとの事です。



マインドフルネスや森田療法は、
当カウンセリングでは、すでに
9年前から導入しておりますが

このブッダの心理療法が
現代日本の「うつ病・自殺問題」に歯止めをかける
一助になれば幸いかと思います。


~最後に~

私達は出家僧ではないので、
完璧に「無我」にはなれません。

しかし、自我(我:が)を少し緩めるだけで
生きるのが抜群に楽になります。

プチ無我のススメ



当カウンセリング・心理療法の詳しい説明

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-3.html


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【2013/08/02 06:05】 | 自我(我)ってなあに?
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E
「心の病の元凶=自我」とバッサリ切ったところがすごいと思います。
これは先生にしか書けないと思います(真)。
子供が学校でもらってくるお知らせ類には「自分らしさを見つけよう」とか「自己の確立」などの文字が躍っています。
私の学校時代はもう少し違っていたような気がするのですが…。
「個が正義」の時代。
心の病を大量生産しているともいえますね。

Re: Eさんへ
ショウセイ
こんばんは。

> 子供が学校でもらってくるお知らせ類には「自分らしさを見つけよう」とか「自己の確立」などの文字が躍っています。

なるほど。
人は頭の理屈ではなく、実際身体で辛さを経験しないと
「この苦しみは何なのか」が理解できませんし、
それを真に追及するモチベーションも生まれないと思います。

一度、そういった方法で自我を固め武装し、
大人になって苦しみに直面した時、
自身で深く考えていただくのも一つの道ですね。

もちろん西洋式の方法で、楽しく幸せになれるのでしたら
それもアリかと思います。否定はしません。

しかし、うつ病・神経症患者さん達のように、そういった方法論が
「どうも違うんじゃないかな・・」と自身で気付かれた方は、
東洋式に切り替えるとよいかと思います。

どちらにせよ自分で気付かないと、人は真に行動を起こせません。
Eさんが、当カウンセリングにいらっしゃった時のように。


> 私の学校時代はもう少し違っていたような気がするのですが…。
> 「個が正義」の時代。

そうですね。正義の概念は、時代や社会情勢によってコロコロ変わります。
思考の柔軟性をもって対応していくことですね。

ただ、その「正義」が暴走しないように
冷静に客観的に観察している視点を、常にもっていることが肝心かと思います。
心理学で言う、メタ認知ですね。

メタ認知がゆるくなった時、人は「正義の名のもとに」悪さをします。
人類の争いの歴史は全て「正義の名のもとの悪さ」ですね。



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