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マインドフルネス仏式瞑想・森田療法を使った「元うつ病患者カウンセラーによる」新しいタイプのカウンセリング(コーチング) 
たとえば巷でよくありがちな
「コテコテの西洋式哲学」に立脚したセラピーや心理療法、
また自己啓発訓練は
こんな感じではないでしょうか?


「自分は成功者だと強烈に思いこむ」
「お金持ちになって成功した自分をイメージし、それと一体化する」
「頭の中で成功している自己イメージをする!」
「気分のよい状態のみが良い人生。そういったイメージ訓練をする」
「もっともっと!何でも出来ているスーパーマンのような自己イメージ」など・・


・・・心の病の皆様は、
今まで、こういった西洋式哲学に立脚した考えに疲れ果て、
うつ病や神経症になったのではないでしょうか?



こういった、巷でよくあるセラピーを
真逆の立場である「東洋式哲学」の立場に基づいた
仏式カウンセリング・セラピーの視点から考察します。

まず上記のようなイメージが強烈であればあるほど、
逆に「心の病が悪くなります」



なぜなら、いくら上記のようなイメージをしたところで
「今、現実の自分はショボいからである」


つまり、そういったイメージは「事実情報」ではない。
脳が現実とウソの区別がつかなくなっていく。


これらのような弊害が生じるかもしれませんね。


① そういったイメージ訓練をすればするほど・・・
脳が事実情報を誤認し、「誤作動」を起こしやすくなり、
行きつく先は、日常の中で「うっかりミス」や
「仕事でのポカミス」が起こりやすくなるかと思います。

② また、上記のようなイメージは
事実情報ではない事を処理しようとしますから、
「脳の情報処理」に余計な負担がかかります。
「ウソは脳が情報処理するのに一番疲れます」

③ 冒頭のようなイメージをすることにより、
都合よくイヤな自分から目をそらし、逃げることが出来る。
(おかしな宗教のマントラや呪文もその典型ですね)
しかし、それは目をそらしただけで、問題は依然として「そこにある」
何の問題解決にもなっていない。
そのおかしな心理防衛を止めない限り、
ずっと問題は潜在意識にこびりつき、一生ついて回ります。

④ 冒頭のようなイメージを強くしていきますと、
心の病の根本原因「我(が)」がどんどん肥大し、
「自分は偉くなったと錯覚」します。

ですが・・現実の自分は、それほど大したことない。
理想と現実の、あまりにも乖離(かいり)したギャップに耐え切れず、
悶々とし、各種心理症状が出てきます。

また、頭の中の「万能の自己メージ」が捨てられず、
そんなくだらない「頭の中で捏造した」幻想の自分(我:自我)を守るため
おかしなプライドばっかり高くなり
毎日、無駄に精神的に疲れ果てます。


①~④により
ストレス脳になっていき、
ストレスの溜まりやすい方
心の病の方には、かえって悪影響」
かと思います。

こういったものの弊害について、
もっと深く切り込んで、心理学的に解説いたします。

また、こういった類のもので余計悪くなってしまった方に
「解決策」を提示していきます。


<続く>


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【2013/06/03 05:32】 | 自我(我)ってなあに?
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さて、前回のお話の、
「巷でよくありがちな西洋式哲学に基づいた
自己啓発訓練や心理療法・セラピー」

たとえば、
「自分は成功者だと強烈に思いこむ」
「お金持ちになって成功した自分をイメージし、それと一体化する」
「頭の中で成功している自己イメージをする!」
「気分のよい状態のみが良い人生。そういったイメージ訓練をする」
「もっともっと!何でも出来ているスーパーマンのような自己イメージ」など・・


こういった主旨の心理療法や
よくありがちな自己啓発訓練。。


なぜ、こういった「コテコテの西洋式哲学の」
セラピーや心理療法で、心の病がよくならないのか?は、
(むしろ余計ひどくなる?)

まず、冒頭のような西洋式の思い込みは、
心理学的に言いますと「自己否定」です。

「現在、現実、リアルの自分」を排除してしまっている。


ですが「現在、現実、リアルの自分」を排除しようと”もがいても”
依然として「ショボい自分」はここにいます。



それが「事実」です。
それが「リアル」です。
それが「純然たる現実」です。

無理な事をやろうとするから
「矛盾」が生じ疲れ果てます。


また「今のショボい自分は見たくない!認めたくない!」と、
一生懸命もがいて「回避」している。

これは一種の「悪い心理防衛」です。

これをやればやるほど、
うつ病・神経症地獄にハマっていきます。


こういった「回避」をやって、
「うまくストレス処理したように錯覚していますが」
実は、余計心の問題を複雑にしています。

現実の自分を潜在意識の奥底に封印し
「抑圧」してしまいます。
意識、無意識2

しかし、抑圧された「現実」は
時間を置いて再び「意識」の世界に浮かび上がってきます。
意識、無意識3

この状態が様々な各種心理症状です。



・・また別の視点で言いますと、
頭の中では「万能のはずの自分」が
現実の職場・日常では、それほど大したことが出来ない。
むしろ失敗ばかり。

すると脳内自己イメージと、
現実世界のギャップについていけず、

「なんでやねん!!」
「私の人生、こんなはずじゃない!!」・・と、
謎の怒りが生じます。不安・恐怖が生じます。
焦り・焦燥感が生じます。



「愛されるはずの自分、尊重されるべき尊大な自分」が
現実・リアルでは怒られてばかり、愛されない、
それほど周りからもてはやされない・・・

すると「私に対し、その態度はなんだね!」・・・と、
謎のイライラが生じます。おかしなプライドにしがみつきます。
心の病の方が、現実の自分にイライラし
クレーマー的になるケースもまれにありますが、
ほとんどの場合はこれです。


・・・こういったコテコテの西洋式の心理療法が
やってしまいがちな「心理学的過ち」

こういった類のもので、
余計心の病が悪くなっているケースに対し、
どうすればよいのでしょうか?


はい。解決策はあります。

では、
東洋式の心理療法は、この問題に対してどうするのか?

*東洋式哲学が背景にある心理療法:
伝統的なマインドフルネス、禅カウンセリング、森田療法など。


<続く>


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【2013/06/05 05:26】 | 自我(我)ってなあに?
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Re: ダニーさんへ
ショウセイ
コメントありがとうございます。

> とても参考になります。
> 今の自分を否定する必要もない、
> という事でしょうか。

はい。続きは次の第三部でお話しします。

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「うつ病・神経症・・・そして回復へ」
~回復への王道~


前回までのお話は、

「自分は成功者だと強烈に思いこむ」
「お金持ちになって成功した自分をイメージし、それと一体化する」
「頭の中で成功している自己イメージをする!」
「気分のよい状態のみが良い人生。そういったイメージ訓練をする」
「もっともっと!何でも出来ているスーパーマンのような自己イメージ」など・・

こういったコテコテの西洋式哲学に立脚した
心理療法、自己啓発訓練、セラピーで
心の病の方が余計悪くなっているケース。

また、こういったものの問題点・弊害について語りました。
(詳しく解説しておりますので、こちらを参照してください)
↓「1」
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-821.html
↓「2」
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-823.html


では、
東洋式の心理療法は、この問題に対してどうするのか?

*東洋式哲学が背景にある心理療法:
伝統的なマインドフルネス、禅カウンセリング、森田療法など。


それは、まず「無為自然(むいしぜん)」
「ゆるーく脱力系」である。


具体的に言いますと、
「今、現在、ショボい自分も”あるがまま”受け入れる」
「今、現在の自分に対し、なるべく正直でいること」

「万能のウソの自己イメージ(我:が)を、さっさと捨て去ること」
*(潜在意識下に、こびりついた我も捨て去ります)


『コップに入った濁ったお茶を、まず全部捨てる』


すると前回の「いわゆる」西洋式哲学とは真逆で

もう「万能のおかしな自己イメージ」や、
「薄っぺらいウソのプライド(我)」がないので、

「もう守るべきものが無い」(無我:無為自然)

究極の自由な心になり、究極の安らぎが訪れ、
人生の手かせ足かせが外れ、楽になったところで、
「さて、今から何をしようか」・・・


十牛図10
(十牛図より)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-27.html


最高の「本当の学ぶ態度」
「仕事に臨む姿勢」が完成します。


その状態で日常業務に入りますと、
不思議な事が起こります。

脳のモードが
「あるがまま」の現実の情報処理の状態になり、
負担が軽くなりますので、
情報処理(特に感情への)がサクサク進みます。


・仕事のミスが激減する。
・おかしな余計なストレスが溜まらなくなる。
・何か・・心と身体が軽い(うつ病、独特の鉛様麻痺からの解放)
軽安覚支(きょうあんかくし)といいます。
・結果、仕事や勉強の能率が上がる。

かえってこちらの方が、
早く良い結果が得られるかもしれませんね。
「急がば回れ」


人は「ほしい、ほしい!」とガツガツすると
余計、望む結果は逃げていきます。

身近な例で言いますと
不眠症の傾向のある人が、
「眠ろう眠ろう・・としますと、かえって眠れなくなるでしょう?」

逆に
「仏式瞑想・禅、勉強、読書などして、眠らない!という態度をしますと
すぐに眠くなります(笑)」

これを「逆対応」といいます。


もちろん、サイト内で何度も言いますが、
こういったことを「頭の理屈」だけで理解しようとしますと、
↓このようなことが起こってしまいます。
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-815.html


こういったことを頭で理解しましたら、
心理学的理論に適った「具体的、行動療法」

実際、身体でトレーニングしないと身に付きませんし、
うつや神経症症状が出た時に「全く対応できません」



最後に、誤解の無いように
いわゆる西洋式の心理療法や自己啓発訓練をフォローしますと、
ああいった類のものは
「健常者の自己啓発や夢の実現のため」には良いのではないでしょうか。

しかし「心の病には通用しません」
(現実の話。うつや神経症から回復しないでしょう?)

また「根源的なストレス対処」にはならないという事。


3部作のお話、ここで終わります。
最後までお読みいただきありがとうございました。

これらのお話は、あくまで「一つの視点」です。
世の中には様々な思想や視点・心理療法・セラピーがあります。

自分に合った理論を参考にし
選択されるとよいかと思います。


皆様の心の問題、心の病が解消され
よりよい人生を送られんことをお祈りしております(合掌)


心理カウンセラー・仏式セラピスト
山中紹聖


当カウンセリング・心理療法の詳しい説明

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【2013/06/06 17:24】 | 自我(我)ってなあに?
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「うつ病・神経症・不安障害の本当の原因」
~プチ無我のススメ~


潜在意識の中で

自分は偉いはずだ
自分は愛されるはずだ
自分は優秀なはずだ
自分は賢いはずだ・・・など

「自分はこうだ!」という「自己イメージ」が強いと
傷つきやすく、心の病になりやすい。



そして、こんなものを守るために
一日のエネルギーのほとんどを
無駄に使い果たします。

この「自己イメージ」という「脳が作り出した幻想」こそが
心の病の元凶「自我(我:が)」です。


西洋式の心理学・思想・哲学などは
この「自我」を確立していきます。

今までの私達は
この影響をモロに受けてきました。

そして現代になり
「自我を確立すればするほど、不自由になり
心の苦しみが増えるのはなぜでしょうか?」

という問いにたどり着きました。

街に職場に・・・溢れかえるうつ病患者。
(近年うつ病が、国民の五大疾病の一つに組み込まれました)


自分(自我)という幻想に執着すればするほど

「自己イメージと違った評価を受けると
不快な気分になったり」

「自己イメージが害されると怒ったり、
ストレスが溜まったり」

「自己イメージの思い通りにならないと
イライラしたり」


特に神経症やうつ病の方は
この「自己イメージに対する執着が過剰なケース」が多い。

こういった方の人生の苦しみの「ほとんどが」
このような「不必要な」苦しみ


*ちなみに、こういったことによる、
ストレス反応が積み重なり
やがて慢性的ストレス脳になり、

個人個人の耐えうる閾値(いきち)を超えると

脳の病気になり、

うつ病など各種心の病が発症します。



さて、この
「自己イメージ」って何なのでしょうか?

元々無いものを、頭の中で勝手に作り上げ
そして、うつ病になってまで
大切にすべきものなのでしょうか?


この自己イメージが強くなると
・おかしなプライドの高さ
・思考の柔軟性がなく融通の利かなさ
・モノのとらえ方のゆがみ(認知の歪み)
などなど。

まさしく、うつ・神経症になる要素満載
パーソナリティが完成します。



そして病院に行きますと、こういった苦しみから
一旦、目を背けるにちょうどよい道具・・・
「抗うつ薬・抗不安薬」をたくさんもらえます。

・・・しかし、それは虚しい。

根本解決にはならないし、
依存症になってしまうケースもある。


対して
マインドフルネスや森田療法など
東洋的な心理(精神)療法は
西洋式のものとは、全く異質なアプローチをとります。

「ある程度自我を確立し、虚しさを身体で知ったら、
今度は自我(我)の要らない所を捨てていきます」



すると
今までカチンコチンだった心。
おかしなプライドで武装してた心。
視野が狭く凝り固まった思考・・・が

ボロボロと崩壊していき、溶け出していきます。


今までの人生で経験したことのない、
水の如き柔軟で、本当の自由な心が現れます。

すると、逆に仕事の能率が上がり、
毎日がどうあろうと朗らかになり、

まさしく、うつ病や神経症・不安障害と
無縁の状態に突入します。



このマインドフルネスという心理療法のルーツは、
はるか2600年前、
お釈迦様がつくられた方法論(原始仏教)が背景にあります。

私達日本人には、
今までのコテコテの「西洋キリスト教圏」の
心理療法より(来談者中心療法、NLPなど)

東洋仏教圏の思想背景のある
心理療法の方が馴染みやすいかと思います。
(日本人の潜在意識、DNAには
悠久の歴史の中で、仏教的世界観が染み込んでいます)


またこのマインドフルネスという「東洋式心理療法」が
キリスト教圏のアメリカやイギリスで
「認知行動療法の次世代型として」
爆発的に広がっているのも特筆すべきところですね。

今までキリスト教圏の「いわゆる」心理療法に行き詰った
アメリカ人の智慧かと思います。

*実際、当カウンセリングは
海外からスカイプカウンセリングの依頼もあります。
(海外から当ブログを読まれている、
日本語堪能な外国人の皆様や、海外在住の日本人)

その方達に聞きましたが、実際そういった
ムーブメントが起きているとの事です。



マインドフルネスや森田療法は、
当カウンセリングでは、すでに
9年前から導入しておりますが

このブッダの心理療法が
現代日本の「うつ病・自殺問題」に歯止めをかける
一助になれば幸いかと思います。


~最後に~

私達は出家僧ではないので、
完璧に「無我」にはなれません。

しかし、自我(我:が)を少し緩めるだけで
生きるのが抜群に楽になります。

プチ無我のススメ



当カウンセリング・心理療法の詳しい説明

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【2013/08/02 06:05】 | 自我(我)ってなあに?
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E
「心の病の元凶=自我」とバッサリ切ったところがすごいと思います。
これは先生にしか書けないと思います(真)。
子供が学校でもらってくるお知らせ類には「自分らしさを見つけよう」とか「自己の確立」などの文字が躍っています。
私の学校時代はもう少し違っていたような気がするのですが…。
「個が正義」の時代。
心の病を大量生産しているともいえますね。

Re: Eさんへ
ショウセイ
こんばんは。

> 子供が学校でもらってくるお知らせ類には「自分らしさを見つけよう」とか「自己の確立」などの文字が躍っています。

なるほど。
人は頭の理屈ではなく、実際身体で辛さを経験しないと
「この苦しみは何なのか」が理解できませんし、
それを真に追及するモチベーションも生まれないと思います。

一度、そういった方法で自我を固め武装し、
大人になって苦しみに直面した時、
自身で深く考えていただくのも一つの道ですね。

もちろん西洋式の方法で、楽しく幸せになれるのでしたら
それもアリかと思います。否定はしません。

しかし、うつ病・神経症患者さん達のように、そういった方法論が
「どうも違うんじゃないかな・・」と自身で気付かれた方は、
東洋式に切り替えるとよいかと思います。

どちらにせよ自分で気付かないと、人は真に行動を起こせません。
Eさんが、当カウンセリングにいらっしゃった時のように。


> 私の学校時代はもう少し違っていたような気がするのですが…。
> 「個が正義」の時代。

そうですね。正義の概念は、時代や社会情勢によってコロコロ変わります。
思考の柔軟性をもって対応していくことですね。

ただ、その「正義」が暴走しないように
冷静に客観的に観察している視点を、常にもっていることが肝心かと思います。
心理学で言う、メタ認知ですね。

メタ認知がゆるくなった時、人は「正義の名のもとに」悪さをします。
人類の争いの歴史は全て「正義の名のもとの悪さ」ですね。



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うつ気質独特の「執着心」「粘着的な思考」

もちろんこれらは
裏を返せば「粘り強さ」なんですが、

何でもモノは加減。
加減を超えると病気になります。


うつ病・神経症独特の
この「執着心」をベースにして

様々な「認知の歪み(モノのとらえ方のゆがみ)」が生じます。
↓(代表的な7つのうつ病思考)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-28.html


「マインドフルネスや禅的生活」をしていきますと、
諸行無常(一切現象、全てのものは移り変わる。精神的なものも)
ということを頭の理屈ではなく
身体に潜在意識に遺伝子レベルに染み込んでいきます。


すると、こんな心理状態になっていきます。
「どれだけ執着しようが、次の瞬間過去のこと。
どれだけ執着しようが、絶対戻れない。
そんなものにそれほど価値が無い」


今、皆さんがこのブログ読んでいる
次の瞬間すでに過去の事です。

私達が「自我(我)だ!」と思っている脳内情報も
次の瞬間、過去の事です。

身体だって素粒子レベルでは
毎瞬ものすごい速さで崩壊に向かっています。


どうしようも出来ない事をどうにかしようとし、
執着し、疲れ果てるのがバカバカしくなってきます。

価値が無いと思った瞬間、
今まで大切にしていた「変なこだわり・おかしなプライドなど」を
サッサと捨てられ自由になります。

うつ病・神経症独特の「精神的疲れ」がほぐれ
楽になってきます。


------------------------------------

~いろはうた~

いろはにほへとちりぬるを

わかよたれそつねならむ


*(原典を基にしたオリジナル訳)

花(形あるもの)は美しく香り咲きほこりますが
やがて散っていくもの

「わたし」は常に移り変わっている
そんな「わたし」は誰なんでしょうね
(我よ誰そ常ならむ)

確固たる「わたし(自我)」と思っているものも
次の瞬間、もうありません。

------------------------------------


「わたし」は次の瞬間過去のこと
毎瞬毎瞬が新しい人生です。


科学的に言いますと素粒子レベルでは、ものすごい速さで、
現在進行形で移り変わって変滅している「事実」があります。
そう。今、この瞬間も。


わたし、自我、我・・・というものは
過去の人生のデータを基にして、未来はこうなるであろう。
・・と、すると現在はこんな感じだろう・・・という脳内データ。

(また頭で勝手に作り上げた、自己イメージが「自我」)

それは「移り変わる単なる脳内データ」です。
それほど執着する価値はありません。


逆に「我」にあまりに執着しますと、
仮想・幻想の自己イメージが強くなり、
ちょっとの事で傷つきやすくなります。

*(非定型うつ病の典型症状「拒絶過敏性」など)


自己イメージが軽んじられると激怒し、
自己イメージが傷つけられると落ち込みます。


自己イメージ(自我:我)は本来無い物で、
単なる脳内情報なんですけどね。
(微弱な脳内電気信号:それも放っておけば消えていきます)

頭の中で勝手に作った「自己イメージ(我)」が傷つくと
苦しくなるんですね。



かといって私達は
出家僧や聖者ではありませんので、
完璧に「我」を捨てる事は出来ません。
無我にはなれません。

ですので、
ちょっぴり「我」を緩める・・(潜在的なものも含む)
「プチ無我」でよいと思います。


それの方が現実的です。
それだけで、生きるのが抜群に楽になります。


今まで学校などで教わってきた
西洋思想・西洋哲学的な考え方。
「自我中心的な概念」「アイデンティティーの確立」ではなく・・・

私達、日本人。
東洋の哲学(仏教哲学、禅)は

「自我を確立したら、自我の虚しさを知り、
今度は自我の要らない所を捨てていく・・・」

という、西洋式とは全く違った方法論をとります。


どちらの方法論を選択すると
うつ・神経症から楽になるかは
自分で生活の中で「実験」してみることですね。



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【2013/10/12 11:26】 | 自我(我)ってなあに?
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Re: すみさんへ
ショウセイ
コメントありがとうございます(合掌)

BGMの件。
今うちのクライエントの皆様にアンケートとっております。
現在、五分五分の賛否両論ですね。

すみさんと同意見の方もみえますれば、
このサイトをつけっぱなしにして、
お部屋の環境BGMとして使っているという方。
また、リラックスできる・・という方、様々です。

しかし、鈴もいいですよね。
読んでいて眠くなった時、目が覚めます(笑)
場合によっては元に戻す可能性もあります。

ちなみに音は、ランダムで小川のせせらぎ、森の自然音が変わります。
またサイト左下のコントローラーで自由に調整できます。
それではよろしくお願いします(合掌)



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心の奥底に
随眠(ずいみん)している「我(が):煩悩」


*我(が)とは?

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-66.html


それは地中深く(潜在意識)に眠ったままの
不発弾のようなもの。

「私はきれいに生きています」
「私は優秀に違いない」など・・・

自身の意識レベルでは、浅はかなプライドを盾にして
とてもきれいに生きている「つもり」でも
潜在意識下では、びっしりと不発弾が埋まっています。
意識、無意識


今までの対処は
・不発弾が何かの引き金で爆発しそうになった(再発の予兆)
・もしくは爆発してしまった(うつ・神経症症状)

その時に薬で長期間、強引に押し込めたり
意識、無意識2

強い刺激(酒・タバコなどの嗜好品。また他人のせいにして強引に注意をそらすなど)
で強引に注意をそらし「無かった事にしてきた」


また一見、自虐的ですが実は卑下慢(ひげまん)
だったりすることもあります。

*卑下慢:慢心の一種。
自分をイジメることで自分に酔って
実は我(が)を強めている。


これらのパターンの方が多いかと思います。


これらのやり方は一見、注意をそらし
「”一旦”軽くなったような気がして
即効性があるように思えるでしょう」

*ちなみに
「西洋式の”いわゆる”心理療法はこんな感じで終わり」
のものが多い。



ですが、とんでもない間違いです。
それらは見て見ぬフリしているだけで

苦しみの元凶は、自身の潜在意識下に
びっしり埋まっています。
今まで見て見ぬフリしてきた不発弾(我)です。


今までの心理トラブル、人間関係のトラブル、
また「脳の病気」は自身の我(が)がまき散らかしたものです。
↓(以下リンク参照)
http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-entry-643.html


もちろん、これらに真正面から向き合って
撤去作業をしていくのには、とても勇気が要ります。

今まで見て見ぬフリしてきたものを
見なくてはならないからです。


ですがそれを適切に、心理学的に処置していかないと
人生の中で何度でも再発・再燃します。

不発弾は埋まったままですと
それが何かのきっかけで(上司・ママ友・親・環境など)
いつ爆発するか分かりません。

「きっかけ」を除去・排除したところで
心理学的な視点で言いますと
「何の解決にもなってません」

なぜならこれらは
「単なるきっかけ(引き金)」なんですから。



根本的なもの、心の不発弾(我:が)を
対処していかないと、そのパターンは一生続きます。

マインドフルネス仏式瞑想や森田療法で
それらに客観的に気付いたとき
はじめて「撤去作業」にとりかかれます。

やっと本当のスタートラインです。


もう西洋式のやり方で
小手先のテクニックで本当の問題から
目をそむけるのを止めます。

何度も言いますが、それらは一旦楽になって
即効性があるように「勘違い」しますが
根本治療にはなっていない。


上記の理論により
東洋式の方法論(伝統的マインドフルネスなど)は
根治に至る道です。

西洋式の派手さに隠れていましたが
私達の住む東洋圏、アジアには
こういった精神的財産が、歴史の中で脈々と受け継がれてきました。


実際、現在
心理臨床・精神医学の世界でも、
こういった東洋の精神的方法論が
かなり評価されてきております。

森田療法は、こういった方法論がすでに
大正時代からありました。

最新式の認知行動療法の理論などは、2600年前に
お釈迦様によって「かなりの精度で」すでに説かれていました。


これらは西洋式の心理療法の派手さに隠れ
目立ちませんでした。

西洋式のうつ病・神経症治療に
行き詰った昨今、

東洋式の方法論を
再評価する時代がやってきました。



最後に今日のお話をしめますと

私達は出家僧や聖者じゃないんですから
完璧に「無我」にはなれません。
(・・でも日本の僧で
本当に無我に達している人いるんでしょうか?)

ゆえに「我」を緩めるだけで
(特に潜在的なもの:自身の見て見ぬフリしているもの)
抜群に生きるのが楽になっていきます。


今日のお話の例で言いますと

心の不発弾(我:煩悩)を、マインドフルネスで
(全部は無くなりませんが)ある程度、処置出来てきて
一定レベルに達しますと、心の病から回復し
朗らかな日常を送れるようになっていきます。


以下のシステム参照


・我(が)が強化されますと
生きづらくなり、長期的な要らぬストレスで

その人の心(脳)の耐えうる閾値を超えますと
「脳の病気」になり、うつ病など心の病を発症します。
*このシステムを脳科学では、アロスタティック負荷といいます。


・逆に我(が)が緩まり、生きるのが楽になり
ストレスホルモンによる攻撃が、

その人の脳の耐えうる閾値を「下回り」ますと
うつ病からメキメキ回復していきます。

*脳の耐えうる閾値(いきち)は個人差があります。



当カウンセリング・心理療法の詳しい説明

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-3.html


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【2013/11/30 06:43】 | 自我(我)ってなあに?
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自我に憑依・・・!?

これは霊ではなく、
自我に「とらわれ」ている状態です。


ユング派の心理学でよく使う表現ですね。

*グレートマザー・シャドーなどの
元型(イメージのようなもの)に憑依される(とらわれる)

こういったものに過度に囚われると、
日常生活に何かと不具合が起こります。
(ユングのお話は、またいつかします)


さて、ユング心理学(分析心理学)ではありませんが、

「禅」の世界でも、自我に憑依される(極度にとらわれる)・・と
非常に生きづらくなります。心の病にも発展します。



禅の小話を一ついたしましょう。


---------------------------------------


あるところにムカデさんがいました。

たくさんの足を使って
今日もシャカシャカ歩いています。


ある日、誰かが
「ムカデさん。キミはなんでそんなにたくさんの足があるのに
器用に歩けるんだい?」

ムカデさんは
「うーん。。言われてみれば・・・」


ムカデさんは、
一つ一つの足を考えながら歩きました。

えーと。この足がこう動く時は、こうなって、
こうなって、え!?こうなるのか?足が動くという哲学は・・・


・・・・・・

・・・あれれ


やがてムカデさんは
足が絡まってしまって

ぎこちなくなり
歩けなくなりました。


先ほどは軽快に歩いていたのに
なぜだろう??

執着すればするほど
ぎこちなくなる。。


---------------------------------------


私達は、このムカデさんのように
自分(自我)に囚われすぎて、
生きるのがぎこちなくなります。

不安障害の方などは、
日常生活もままならなくなります。


また、自我に囚われすぎると、

脳で勝手に作った
(あやふやな)自己イメージを防衛するために

嫉妬深くなり(妄想)、
他人の言動や目を気にするようになり(拒絶過敏性)
おかしなプライドが高くなり、
思考の融通が利かなくなります。


さらに、それに一日中「頭の中で囚われて」、
うつ病など心の病になります。

現代型うつ病の典型ですね。



我思うゆえに、われあり・・・

・・・しかし、我に執着し、
疲れ果ててうつ病になる・・・・・



われ、自我(我)、エゴ。
こういった脳内で勝手に捏造した自我(自己イメージ)に

執着し囚われ「自我肥大を起こし」心の病になります。
(新型うつ病の小児的自己万能感は、この最たるものですね)

*自我とは脳科学的に言いますと、単なるデータ(記憶)です。
しかもそのデータは、ほとんどの場合、都合の良いように捏造されている。

そういった、しょうもない
あやふやな自己イメージ(我)を守るため
あらゆる過剰な心理防衛をします。


もちろん私達は出家僧じゃないのですから
ビジネスなどで
多少は「我」を張らなければならない時もあります。

また仙人じゃないのですから
無我にはなれないでしょう。


私の好きな
東京大学名誉教授、仏教学者の
中村元先生(1912-1999)は
「我執」を緩める・・・という言葉をよく使いました。

自我、我に対する「執着」を緩めるという事です。
こちらですと現実的かと思います。


逆に我執を強めますと、どんどん辛くなりますよ。

私達が心の病で辛い時、
自我・わたし・我・エゴに「囚われ・執着し」暴走している時です。

これは皆様が日常で辛い時、実験してみてください。
辛い時は必ず我(が)が暴走している時ですので。


もう一つ脳の視点で、別の表現をしますと、

自我、エゴ、我(が)は
私達の「原始脳(大脳辺縁系など)」の働きです。

原始脳が暴走しないように
心理療法などを使い「前頭前野」が
しっかり管理出来るようにしていくのが

「我執を緩める」と言ってもよいでしょう。



原始脳をセーブする
現場監督が「前頭前野」です。

*脳科学の世界では、マインドフルネスや禅を行っておりますと
前頭前野が活性化すると言われております。


・・・でも、分かっちゃいるけど
やってしまうのが人間です(笑)

もちろん、すぐに出来なくてよいですから
「この苦しみのカラクリ」だけ知っておき、

禅やマインドフルネスを使い、
人生の大きな旅路の中で
ボチボチ、コツコツ行っていけばよいと思います。


自我を強化し、自我を確立し、自我三昧に生き、
自我に疲れ果てたら・・・

自我の要らない所を少しずつ
捨てていく作業をします。

人生の手かせ足かせが外れていき、
抗うつ薬に頼らなくても、
生きるのがとても楽になっていきます。



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【2014/05/30 04:53】 | 自我(我)ってなあに?
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はる
うつ歴8年の者です。
いつもブログ読んでいます。
自我への囚われ。我執を緩める。
目が覚めました!心にドカンと効きました。
いつもありがとうございます。

Re: はるさんへ
ショウセイ
コメントありがとうございます。

それに気付ける、
はるさんの洞察力がすごいと思います。

それでは、またいらしてくださいね。
はるさんの病が癒えますよう
お祈りしております。



コメントを閉じる▲
うつ病・神経症(不安障害)と森田療法
~「自然に服従し、境遇に従順なれ」~

(森田療法のことば)


先日、名古屋に買い物に行った時、
車をコインパーキングに停めました。

買い物を終え帰ってくると

駐車場にボロボロのノラ猫が
ひなたぼっこしていました。


ニャンコが逃げなかったので
買い物袋からソーセージを出し、

ごちそうしてあげました。
しばらく猫と遊んでいました。


この猫、汚れていてボロボロです。

おそらく捨て猫で、身寄りもなく、
住む場所もない。
将来もどうなるか分からない。

でもうつ病にならず
「ただ ”今”を、あるがまま生きています」


私達人間は、

将来いい職に就けないと不安だとか、
私は彼に愛されないから死んだ方がいいとか、

私は何のために生きているのだ・・・と
苦にして自殺を考えたり。。

世間体を気にして引きこもったり。

人は自我(エゴ:我)が暴走し、
ならなくていい謎の心の病気
になって、
自ら命を絶つ人もいます。


自我・歪んだ自己愛・我(が)・エゴ

頭の中で勝手に作り上げた
パーフェクトな「幻の自我像」


その「脳内で作り上げた勝手な自己イメージ
少しでも傷つくと、すぐに自殺を考えたり、
うつ病・神経症(不安障害)になったりします。


そして、心療内科に駆け込み

抗うつ薬・抗不安薬を飲んでも
「気休め程度」で根治には至らない。

うつ病や・神経症の
「根本対処」はそこじゃない。

全く的外れな対応かと思います。


もちろん薬の力で一時的に、
モチベーションを上げるのはよいと思います。

特にうつ病の急性期や回復期(発症して数ヵ月くらい)
危険な状態は薬で回避できます。
「緊急避難としては大変よい」と思います。

・・・しかし、「根治」には至らない。
当然の事でしょう。

(その薬を何年も服用している
患者自身がよく分かっているかと思います)


心療内科のお仕事は「そこまで」

そこから先は、本人の
「生き方」や「心の反応パターン」の問題。

そこはお医者さんは介入できない。
いや。介入しようがない。


ここから先のお仕事は、私達
「心理士(心理療法家・心理カウンセラー)」のお仕事。

私達のお仕事は、
うつ病や神経症にならない
「生き方・心理パターン」を案内する水先案内人です。


しかし、案内し、効果的な策を授け、
うつ病・神経症に対する
脳科学・心理学的なトレーニングを一緒にしますが、

道を歩むのは自分自身の問題。
それらのツール(心理療法の技)を使い
自分の足で人生を歩みます。


他人は親切な人もいますが、
あなたの苦しみや
人生の肩代わりは出来ない。




・・・さて、話は戻りますが、

冒頭のニャンコ先生は、

ボロボロで、身寄りがなく、
将来何の約束もされていない。

住む場所もなく、
誰からも愛されていないでしょう。


ですが、うつ病・不安障害にならず
「ただ ”今”を、あるがまま生きています」



そこに私を愛して!私の立場が!
なんで私だけがこんな人生・・・など
ナンセンスです。

ただ地球の一部として、我(が)を放棄し
「あるがまま」生きております。


自然の法則に従い、境遇に従順に生きる。
心の病にならない生き方。


・・・もちろん私達人間は、
そう簡単にはいきませんが、


私達が「謎の心の病気」になり、
自らを縛り、生き辛くしている正体が

「我(が)」だという事が理解出来れば、
それでよいと思います。


それにより、ストレスフルな毎日になり、
「副次的に」脳の病気になっている状態が
うつ病や各種神経症(不安障害)です。



*(「我」とは?仏教哲学・森田療法からみた
心の病の根本原因:全15話)

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-66.html


正体さえ分かれば、それを念頭に生きていれば
長い人生のスパンで
ゆっくりと回復していきます。

(マインドフルネスなど仏式瞑想を実践しますと
さらに回復に加速がつきますが


ただ、私達は
社会生活・仕事がありますので
完全な「無我」にはなれません。

人間として生きていく上で、
我はあってよいのですが、

自身が心の病にならない程度まで
「我(が)」を緩めれば、生きるのが楽になっていき、
うつ病・神経症は劇的に治ります。


*(そのための具体的ハウツーが
マインドフルネスや森田療法です)



冒頭の駐車場のニャンコ先生は
「見事なまでの無我」ですが。。

ニャンコ先生に
学ばされますね



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【2014/11/28 01:16】 | 自我(我)ってなあに?
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心にトラブルを抱えがちな方は
下記のような事(苦しみの一覧参照)で
日々、非常に苦しみ、

慢性的ストレス脳になっていき
*(アロスタティック負荷状態)

やがて、「副次的に」脳が病気になり
うつ病・神経症(不安障害)になっていきます。


したがって、
脳の病気だから→鬱病と
単純に考えるのではなく、

*(それも間違いではありませんが
「もう一歩」踏み込みます)

脳が病気になる以前に
心理学的要因があるという「因果」を
読み解かないと、本当の解決にはなりません。




「苦しみの一覧」


・恋人に愛情を向けているのに、
自分の思い通りにならない事に落ち込む。

・自分の人生設計が、自分の理想と違って
みじめな事に絶望する。

・健康に気をつけていたはずのなのに、
大病を患って、人生困惑する。

・心の病闘病中。家族や周りの人々が、
自分の状況を理解してくれなくて辛い。

・職場でちゃんとやっていたはずなのに、
左遷・降格され絶望する。

・大勝ちするはずだった
株やギャンブルに大負けして絶望する。

・ママ友達の間で、よい評価だと思っていたのに
陰で悪口を言われていた事にショック。

・信じていた人とケンカになり絶望。

・何年も精神科医を信じて、抗うつ薬を飲んでいるのに
一向に治らない事に不安になる。


・・・・このように、人生で起こりがちな
トラブルを挙げてみましたが、
他にもたくさんあるかと思います。


これらの苦しみをよく俯瞰していますと、
「ある共通項」がみえてきます。

それは仏教心理学的に言いますと
---------------------------------------------------
深層心理には
「全て自我(我:が)の思い通りになるはずだ」
・・・という”思い込み”が潜んでいます。

---------------------------------------------------

自分がこうすれば、こうなるはずだ!
と思い込んでいるからこそ、

思い通りにいかない恋や人生、
健康、人間関係・・・などに直面しますと

絶望しイライラし、落ち込みます。

これが過度になると、脳が疲れ果て
やがて、うつ病や神経症(不安障害)になります。


頭の中の
「理想」と「現実(事実)」の違いに葛藤し、
苦しみます。

この状態を森田療法では
「思想の矛盾」といいます。


これらの苦しみに対し、

仏教学や森田療法では
こんな処方箋を出します。


「全ての事象は
自我(我)の思い通りにならない」と深く知る事。
(無我)



「え!?観念論的すぎて、
どうすればいいのか分かりません!」


はい。では、その具体策(日常での使い方)を
ご丁寧にパッケージされているのが
「マインドフルネス仏式瞑想(行動療法)」なんです。

*(ただし専門家による
マンツーマン指導を必ず受けてください)

「我の思い通りにならない・・・」という事を
理屈を超えて、身体に染み込ませていきます。


しっかり訓練し、マインドフルネス瞑想が
潜在意識レベルにまで浸透していきますと、

恋人にフラれた。人生が思い通りに行かない。
大病を患ってしまった。職場で降格になった。
ママ友達に悪口を言われた・・・・など

人生の様々なトラブルに遭遇しても

「はじめから自分(自我)の思い通りにならない
という事を知っていますから」

確かにイヤですが。。

それほど落ち込みませんし、
自殺したくなるほど絶望しません。

うつ病や神経症になりません。


========================

・恋人にフラれた・・・
・人生が思い通りに行かない・・・辛い

(我(が)の思い通りにならない事を
瞑想で知っていますから)

自分の心の中  

「はい。思い通りにならない事が起きたのですね。
(当たり前のことですが)それがどうかしたのですか?」

=========================


正しくマインドフルネス仏式瞑想を
お勉強し行っていきますと
こんな境地に入っていきます。

こんな状態が「プチ無我」です。


ここで誤解してもらうとマズい事は、

----------------------------------------------
「え!?じゃ家政婦のミタのように
無感情になれと言うんですか!?」
----------------------------------------------

いいえ。違います。

確かに思い通りにならない事や
人生のトラブルに遭遇する事はイヤです。

イヤなのはイヤでしょうがない。

人間らしく、泣いてもいい、怒ってもいい、
悲しんでもいい。

また法的にマズいトラブルは、
警察などに訴えて、しっかり対処してください。


そういった「現実的な対応をした上で」
「プチ無我」でいますと、

余計な心の中のトラブルが
少なくなっていきます。


心の中の余計なトラブルとは?

例えば、うつ病や神経症的な方は
頭の中で、過去に言われた事、

イヤな事、不快だった事を
何度も何度も反芻し「苦しみ直すでしょう?」


心の中で、苦しみが苦しみを生み、
苦しみの雪だるまになっていきます。


そんな時、マインドフルネス瞑想により
「プチ無我」の境地にいますと、

「自我(我:が)の思い通りにならない事を
潜在意識レベルで知っていますので」

苦しみへの「執着」が
劇的に緩まっていきます。


思い通りになると思っているから
「あの時、ああすればよかった・・」など、
頭の中で何度も出てきて執着するんですよ)



そしてなにより、この「プチ無我」的な方は
朗らかで、サッパリしていて、屈託がありませんから

人間関係のトラブルも減っていきますし、
人生上のトラブルも減っていきます。


薬物療法は
脳内の神経伝達物質「のみ」に
限定的に作用しケアしていきますが、

マインドフルネスや
森田療法などの心理療法は
「それ(脳内の作用)も包含し」
人生全体をケアしていきます。


ゆえに薬物療法は
再発の危険性を大きく孕んだ
「寛解(かんかい)」がゴールですが、

心理療法は
「根治・克服」がゴールとなります。


また心理療法は、

自我(我)・エゴなどを育てていく
西洋的な方法論と違い、

マインドフルネスや森田療法をはじめとする
東洋的な方法論は、真逆の立場をとります。

自我を確立していきましたら・・・
次に自我(我)の要らないところを
少しずつ捨てていきます。


もしくは、自我(我)・エゴに対する執着を
各自、病気にならないレベルまで緩めていきます。



「一即多 多即一」

私達は、地球の細胞の一つ・
地球の塵(ちり)のようなものなのに

自分が、自我が・・など
エゴの思い通りになると「錯覚」し
疲れて病気になっていきます。


自然(地球・宇宙)にゆだねきって
地球を構成する細胞の一つになりきっていきますと
様々な心の病・人生病が治っていきます。

「プチ無我」のススメです。


・・・かといって私達は、
仙人や聖者ではありません。

現実的な社会生活がありますので、
完璧な無我になると仕事が出来ません。


したがって「プチ無我」よいです。


「”各自の病気にならないレベルまで”」
自我・我(が)・エゴを緩めていきますと


生きるのが楽になって、
各種心の病が治っていきます。



「補足」

こんな疑問が出てくると思います。

-----------------------------------------------------
「では、我(が)が強くても病気にならない人がいるが、
それはなぜですか?」
-----------------------------------------------------

はい。それは元々その人は、
我の耐えうる閾値(いきち)が高いからです。

その人も、その我の閾値を超えて
我が肥大しますと辛くなります。

(ただ、そういったジャイアンみたいな人達は
本人はよいでしょうが、周りが、社会が非常に迷惑しますね)


心の病系の人達は、我の耐えうる閾値が
「元々低い」ですので、

少し我が肥大しただけで、辛くなります。
(これを「心が繊細な人」と言ってもよいでしょう)


ゆえに、こういった人達は、

心理療法など
「人生の武器(メンタルスキル)」を持っていないと
一生辛い人生を送ります。


マインドフルネスや
森田療法など、
心理療法を身につけますと

「人生の強力なお守り」になりますよ。

うつ病・神経症(不安障害)が治る・・・どころか、
人生が幸せになっていきます。


・・・ん?逆かもしれない。

人生が幸せになっていって、
気が付いたら・・振り返ってみたら
うつ病・神経症が治っていた

・・・と言った方がよいかもしれない。


これが寛解を超えた
究極の「根治・克服」です。

この境地は、
薬物療法(化学薬品)では不可能。

うつ病は薬よりも
思想・哲学で治ります。


もちろん薬を
全否定している訳ではありません。

ですが薬は「あくまで補助」であり、
メインは心理療法である。


うつ病は薬一本で治るなどと・・・
精神科・心療内科の言う事を「鵜呑み」にせず、

*(実際、現実の話、治っていない人がほとんどでしょうに。
リアル患者さん達は、よくご存知かと思います。
私も元患者として、薬一本で治らない事はよく知っています)

物事全体を俯瞰する、冷静な目を持つ事です。


こういった視点や考え方を、心理学では
「クリティカル・シンキング」と言います。

「賢く強い患者になりましょう」



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【2015/06/05 02:11】 | 自我(我)ってなあに?
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「私信」

以前、お寺に
お土産を持ってきてくださったEさん。
(当日、副住職さんから連絡いただきました)

遠方からはるばる、ありがとうございました。
Eさんが回復し、お元気そうでなによりです。

Eさんにお礼メールをしましたが、
アドレスが変わったのでしょうか。
メールが届きませんでした。

(時間が経ってしまいましたが)
このメッセージを返礼とさせていただきます。
お気遣いありがとうございました。
暑さに負けず瞑想に励んでまいりましょうね。

お仕事頑張ってください。
Eさんがお幸せでありますように。


======================



はい。今日のお話に入ります。

「なぜ絶望感が生じるか?」
~仏教心理学的メカニズム~



うつ病の方に多いのが
この「絶望感」

自分の人生に対する絶望感、
他人に対する絶望感、
漠然とした絶望感・・・


ではなぜ、
この「絶望感」が起こるのか

今日は仏教心理学的メカニズムを
お勉強してまいりましょう。


まず結論から言いますと。

-------------------------------------------
「絶望感とは」

自我(我:エゴ)の
思い通りになると思っていて、

思い通りにならない事に
遭遇すると「絶望感」になります。
-------------------------------------------


<解説>

例えば、西洋式の哲学や思想、心理学は
「自我」をとても大切にします。

ひたすら自我・アイデンティティー・個の確立を
目指すものが多いかと思います。


そして、場合によっては「自我肥大」を起こし
どんどん「わがまま」になったり、
「おかしなプライドばっかり高くなったり」します。

(プライドは良いプライドと、悪いプライドがあります。
ここで言うプライドは、偏屈な薄っぺらい
悪いプライドにしがみつく事を定義します)


*自我肥大:小児的自己万能感。
サービスが過剰になり、個を大切にされすぎた
現代人に多い病です。

(クレーマーや、モンスターペアレンツ、
新型(現代型)うつ病は、この典型ですね)



対して、東洋式の心理療法である

マインドフルネスや森田療法は
仏教哲学が思想背景にあります。

仏教哲学では
「自我(我)こそが苦しみの元」
(我執の病理)ととらえます。


「自我を確立していったら、
次に自我の要らない所を捨てていきます」


自我という「着ぐるみ」を脱いで行ったら
人生の重荷が軽くなります。


ゆえに、冒頭の「絶望感」に対して。

東洋式の心理療法は
西洋式の「いわゆる」心理療法とは
真逆のアプローチ法をとります。


日々の仏式瞑想により
「自我の思い通りにならない事が多い」(無我)
という事が、身体で分かってきますと

友の裏切り、恋人の浮気、
職場での左遷、リストラ、
人生のアクシデントなど・・・


思い通りにならない事が起こっても
「思い通りにならない事を、
頭の理屈ではなく、身体で知っていますので」


(悲しくて、辛くて、確かにイヤですが・・)
うつ病・神経症など、
「病気レベル」にはなりません。



現実的な対策を打って、しっかり努力してみて、
それでも不可抗力的な事が起こりましたら

「無我」
(「わたくし」を放棄し、自然法則に身をゆだねます)


西洋哲学的な、
自己万能感を持っている方は

こういった不可抗力的な事が起こった時、

深層心理下では・・
「自我の思い通りになるはず・
自分は幸せなはず・願望は成就するはず・・・」と

強烈に錯覚しています。


頭の中の理想と、現実のギャップに葛藤し
絶望し、ひどい人ですと
うつ病や神経症になります。


*(この状態を森田療法では
思想の矛盾といいます:神経症の悪循環モデル)


以上が「絶望感」の
仏教心理学的メカニズムです。



仏式瞑想を行っていきますと、

自身の弱いところ、
人生のしょぼいところも

あるがまま受容できるようになります。


でも「弱いものは強いんですよ」


剛直な木は、強そうにみえますが
嵐が吹き荒れると、
案外ボキッと折れてしまいます。

柳の枝や、竹は、
嵐が来ても、しなるだけで折れはしない。
大風にゆだねきってしまいます。

----------------------------------------------
・・・「人生の嵐」がやってきても
しなるだけで折れはしない。
(うつ病にはならない)
----------------------------------------------

仏教瞑想の生き方は
「弱いけど強い生き方です」


マインドフルネスをしっかり行い、
「弱く強い人?」になるといいですね。


長年のうつ病や神経症は
「生き方」を変えると、

抗うつ薬より効くこともあります。


・・・いや。
そもそも、「心の」病気は

化学薬品で治すより、こちらの方が
「王道」なのではないでしょうか?




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【2015/08/06 00:48】 | 自我(我)ってなあに?
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承認待ちコメント
-


Re: Eさんへ
ショウセイ
こんばんは、コメントありがとうございます。
またメールいたします。
それではおやすみなさい。

コメントを閉じる▲
マインドフルネスなど仏教の瞑想は
「無我」を目指します。

しかし、出家ではない
在俗の私達に「無我は可能なのか?」

--------------------------------
答えは・・・まず不可能
--------------------------------

私も悟りを得ていませんし、
無我の境地には入れません。

・・・ですが、
「うつ病・神経症にはなりません」


私達在俗(一般人)は、
心の病にならないレベルまで
瞑想を深めればOK。

そして一生、心の病と無縁の生活、
一生を楽しく、朗らかに生きていく事ができれば
「在家の瞑想は完成」です。



もちろん悟りたければ、
財産も国籍も、家庭も仕事も

何もかも捨て、
一生山にでも籠った方がよいです。

ですが、諸事情があり
在俗の私達は不可能でしょう。


仏教瞑想は、一般の人が使えない
役に立たないものではなく

在俗の人が、
うつ病・神経症(不安障害)など心の病にならず
一生を朗らかに生きていく、最強のツールです。

在俗には在俗の
瞑想の仕方があります。



ですが、本当のことを言いますと、
「実は私もあなたも本当は、すでに無我」なんですよ。
それに気づいていないだけ。

本日の禅問答です。
(これの意味分かる人は、
瞑想がかなり上級者です)


禅問答はさておき、
ここでは一般向けのお話をしていきます。


在俗の私達が、瞑想をするにあたって、
別に悟りを求めなくてよいし、
仏教徒になる必要もありません。

どこかの宗派に
所属する必要もありません。
(私もどこの宗派・宗門にも属していません)


「ブディスト」という生き方があります。

普通に社会生活をしながら
仏教瞑想をし、仏教的な
哲学・思想に生きる人の事です。


大海原を航海するには
羅針盤が必要です。

羅針盤の無い航海は
漂流し難破します。


仏教哲学・思想という
「人生の羅針盤」がないと

私達の人生も
漂流し難破します。

この「人生の漂流・難破」を
うつ病・神経症

考えてもよいかと思います。


人生の中で、うつ病になり
漂流・難破しましたら

生き方(考え方・思想)を
変える時です。

ここの部分を改良せず
「抗うつ薬」を飲み続けても治らないのは

患者さん自身がよくご存知でしょうし、
気付いているかと思います。



うつ病というものは

==================
もう今までの生き方(考え方・思想)で、
今後の人生、生きていく事はできないよ
==================

という潜在意識からの
ありがたいメッセージです。
意識、無意識3


それでも
「いや。今までの自分を貫く」

という方は、
では・・・「それを貫いて
抗うつ薬を飲み続けてみてください」
実験してみてください。

「それで本当に治りましたか?」



また最近、
当心理相談所に多い来談者ですが、

昨今ブームになっております、
アメリカ式マインドフルネス(ごっこ)で
治らない人達が

当心理相談所に
「本物のマインドフルネス」を求めて
いらっしゃいます。


なぜアメリカ式マインドフルネス(ごっこ)で
治らないかといいますと、

テクニックばかりに「特化」し、
一番大切なテクニックの背景に流れる
「仏教哲学・思想」が
スッポヌケているからです。


これでは
「薬をズルズル飲み続ける」薬物療法と
何ら変わりはありません。

テクニックをズルズル行うか・・
薬をズルズル飲み続けるか・・の違いです。


アメリカ式マインドフルネスは、
この瞑想技術は

「脳科学的に」こういった効果がある・・・の
一点張りで来ます。

これでは、抗うつ薬を飲むと
脳内ではこういう事が起きる・・・という発想と、
何ら変わりはありません。


そういった
対症療法的な発想ではなく、

その「脳の異常の背景に流れるもの」を
修理していきませんと、根治はありません。


もちろん当心理相談所も

最新の脳科学の視点からも
アプローチしていきますが、

当心理相談所は、その背景にある
もっと大きな問題に
アプローチをかけていきます。


話はそれました。

瞑想のテクニックばかりやっていても
何の解決にもなりません。

「仏教哲学・思想・考え方・モノのとらえ方」も
同時進行で育てていきます。


①その人の背景に流れる
「哲学・思想的バックボーン」がしっかりしますと

②日々遭遇するストレスや、
どんな人生の大嵐がきてもブレなくなり、

③慢性的ストレス脳から解放され、

④脳の病気が改善されていき、

⑤うつ病・神経症は「根元の部分から」
根治していきます。


*しかも①がしっかりしていますから
再発防止にも対応できますし、

幸せな人生を歩んでいく事が
出来るようになっていきます。


*ただし、①はカルト宗教や
反社会的な団体の教義や思想はNG

あくまで「健全な」思想を持つ事。




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【2015/10/08 00:43】 | 自我(我)ってなあに?
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前回のお話の続き、

そして「当カウンセリングでよくある質問」の
回答を書いておきます。


Q、「仏教瞑想は、我(が)が心の病の元と言いますが
我が強くても、心の病にならない人がいるのはなぜですか?」


*(たぶん、これを読んでの質問かと思います:
我(が)ってなあに?:全19話)

http://shinriryouhou.blog2.fc2.com/blog-category-66.html


こういった質問がよくありますので、

一回一回答えていますと、
手間がかかりますので
今回書いておきます。



A、こういった視点を持ってみてください。
「我(が)の閾値」という考え方。


*生理学や物理学では
「閾値(いきち)」という用語があります。

簡単に言いますと、
刺激などが、あるレッドゾーンを超えると
反応が起きるという境界線。


その用語をもって、
冒頭の質問の回答をしていきます。

まずこんな
たとえ話をします。


===================

たとえば、

濁流(だくりゅう)の流れる川が
あったとしましょう。

その濁流が溢れ出て、
街に被害が出ないのは
なぜですか?

それは
「堤防」があるからです。

しかし、その濁流の水かさが増し、
「堤防の高さを超えると」

たちまち水が溢れだし、洪水となって
周辺地帯に被害を与えます。

===================


ここでの例えの
濁流は「我(が)」

冒頭の質問の、我が強くても
病気にならない人は

「堤防(閾値)が高い人」
この堤防(閾値)の高さは
個人差がある。

*(また我自体が、なぜ人生を辛くするか
根本的なお話は、冒頭のリンクをお読みください)


ですが、
この堤防(閾値)が高い人でも・・・

濁流(我)が多くなり、堤防の高さを超えると
溢れだし、洪水(うつ病・神経症)になります。

*逆に言うと
こういう人の堤防が、いざ決壊した時は
一番危ない。「破壊的なうつ病」になります。

(よく今まで、我がまま三昧、エゴ三昧で
成功してきた人が
ある日、人生谷底に突き落とされると、
突発的に自殺するケースがありますね)



対して、慢性的に
うつ病・神経症(不安障害)になりやすい人は
この「堤防(閾値)」が低い人。

少しでも我の濁流が
水かさを増してしまいますと
たちまち溢れ出し、洪水になります。


我の濁流が強くても
うつ病にならない人は、

天然でこの
堤防(閾値)が高い人。


・・・ですが、周辺住民は
いつ溢れだすか分からない濁流に
ハラハラして過ごします。

(我が強い人は、自分は良いですが
周りの人たちが非常に迷惑します・・・
皆さんの会社でもこういった人いませんか?)



では本日の結論。

「マインドフルネス仏教瞑想はどうするか?」

A、堤防(閾値)を工事し、高くするか・・・
B、我(が:濁流)自体の量を減らしていく


このA・Bパターンで、
心の病(人生病)を治していきます。

ちなみに、当心理相談所は
「Aには認知行動療法」
「Bにはマインドフルネス仏式瞑想や森田療法」を使います。


*ただ、Aは自分はよいのですが、
周辺の人達に迷惑なので、
Bに力点を置いていきます。




さて、前回もお話ししましたが

私達在俗(在家・一般人)は、
「無我は不可能」

したがって、
うつ病・神経症という洪水が
溢れださない程度に、

堤防(閾値)を
上回らない程度に・・


我(が)の要らないところを
手放していく作業(マインドフルネス)が必要です。


別に無我(聖者)にならなくてよい。

我はあってもよいのですが、

各個人(個人差あり)、我が、
「うつ病・神経症を発症しないレベルまで」
緩めればOK。


私も無我になっていません。

聖者でもなんでもありません。
普通の人です。

ですが私自身、
心の病にならないレベルまで
(閾値の下まで)我が緩まりました。

*(マインドフルネスによる、
うつ病・神経症克服)


無我(聖者)にならなくてよい。

人間的なクセがあっても、
「”各個人の”」心の病が発症しないレベルまで
我(が)が緩まればOK。


逆に聖者でもないのに
聖者ヅラしている人は「偽善者」です。

(昨今マインドフルネス瞑想がブームになり、
こういったカウンセラーや、セラピストが目立ちます


ちなみに私は
14年瞑想しているから・・といっても
聖者ヅラしません。

お会いしたことある方は
ご存知かと思いますが、

コテコテの普通の人です。


『ですが心の病には
ならない生き方です』


私達在俗(一般人)の瞑想は
ここがゴールでよいです。

そしてその、
マインドフルネス仏式瞑想という
ツールを使って、

------------------------------------------------------------
一生心の病にならず
幸せに朗らかに生きられればそれでOK。

------------------------------------------------------------

「在俗(一般人)の瞑想は
ここで完成」



それ以上やりたければ、
何もかも捨てて出家してください。

ですが普通の人は、家庭・仕事など
諸事情があり不可能でしょう。


出来ない事、現実的に不可能な事は
無理にやらなくてよいです。

一般人として
出来る範囲の瞑想を行えばOK。


私のところでは、
一般人が使えない(使いづらい)
「出家僧の瞑想」ではなく・・・

「在家(一般人)のための瞑想」
「心理療法という枠組みの中で」
指導しています。


悟りすました顔をしている
出家僧なんかより、

俗世間で、うつ病・神経症の
地獄の炎に苦しむ
「在家(一般人)こそが」

真っ先に救われる瞑想を
提唱しています。




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【2015/10/14 00:03】 | 自我(我)ってなあに?
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